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第三十九話 窓から来た黒薔薇

 新しい鍵のせいで、扉は内側からも開かなかった。


「おい! これじゃ謹慎きんしんじゃなくて監禁だろ!」


 廊下の見張りに訴えても、返事はない。


 机に戻ると、扉の隙間から封筒が差し込まれた。


「誰だ?」


 足音だけが遠ざかっていく。


 中に入っていたのは、一枚の自白書じはくしょだった。


『私、アルト・レインは、ローゼンベルク公爵令嬢の歓心かんしんを買うため、試験解答を盗みました』


『報告書に記した住民の証言にも、虚偽きょぎが含まれています』


 最後には、こうある。


『夜明けまでに署名せよ。拒めば市民寮を捜索し、協力者を処罰する』


「ふざけやがって……」


 俺一人を追い出すだけではない。


 市民枠全員を巻き込み、ヴィオレッタの報告書まで嘘にするつもりだ。


 机の引き出しには、ペンが一本入っていた。


 署名すれば、ニールたちは助かるかもしれない。


 そう思った瞬間、焼け跡で見た人々の顔が浮かんだ。


 誰かを守るために嘘をのみ込み、すべてを失った人たち。


 それでも、俺のせいで仲間が処罰されたら――。


 ペンを握ったとき。


 窓が、こつこつと鳴った。


「アルト。開けなさい」


「ヴィオレッタ!?」


 窓の外に、公爵令嬢が浮かんでいた。


 正確には、壁をう黒薔薇のつるに立っている。


「何してるんだ、お前!」


「声を抑えなさい。見つかるでしょう」


「公爵令嬢が夜中に男子寮の窓から入ろうとしてるんだぞ!」


「それが何?」


「大問題だよ!」


「あなたの退学よりは小さな問題よ」


 言い切られてしまった。


 窓を開けると、ヴィオレッタは蔓を足場に部屋へ入ってくる。


 狭い室内を見回し、顔をしかめた。


「物置?」


「俺の部屋だ」


「物置に住んでいるの?」


「市民寮を馬鹿にするな。物置よりは少し広い」


「誇るところではないわ」


 彼女は扉の新しい鍵を調べた。


「やはり交換されているわね」


「何か分かったのか?」


修繕しゅうぜんの申請書が見つかったわ。あなたの署名で、今日の午後に提出されていた」


「俺、その時間にはもう謹慎してたぞ」


「ええ。筆跡ひっせきも、あなたのものより綺麗だった」


「そこは比べなくていいだろ」


「偽造だと分かりやすかった、と褒めているのよ」


 まったく褒められた気がしない。


 俺が自白書を隠そうとすると、ヴィオレッタの目が細くなった。


「今、何を隠したの?」


「何も」


「アルト」


「……これ」


 彼女は自白書を読み終えると、俺の手からペンを取り上げた。


「署名するつもりだったの?」


「まだ決めてない。でも俺が認めれば、他の市民枠には――」


「あなたは、私に何と言った?」


「え?」


「嘘の告白をしようとした私に、何と言ったの」


 あの公聴会で、俺はヴィオレッタに叫んだ。


 用意された言葉ではなく、自分の言葉を話せ、と。


「一人で背負って、守った気にならないで」


 彼女の声が震える。


「あなたがいなくなって、私が助かると思うの?」


「ヴィオレッタ……」


「署名は許さないわ」


 傷痕の残る左手が、俺の手を強く握った。


「あなたが私を残していく理由に、私を使わないで」


 怒っているのに、その瞳は泣きそうだった。


「……分かった。書かない」


「最初からそう言いなさい」


 ヴィオレッタは自白書を月明かりへかざした。


 紙の奥に、花のような水印すかしが浮かび上がる。


 七枚の花弁を持つ、白い百合。


「この印……」


 彼女は制服の内側から、セシリアに届いた手紙を取り出した。


 二枚の紙に、同じ水印がある。


「聖女への手紙と、俺の自白書が同じ紙?」


「それだけではないわ。叔父が私に読ませた告白書にも、この印があった」


「じゃあ、グレゴールも同じやつから……」


「利用されていた可能性がある」


 井戸を壊した叔父。


 セシリアへ命令した手紙。


 俺の鞄に入れられた解答。


 別々に見えたものが、白い百合の印で繋がった。


 そのとき、廊下から足音が近づいてきた。


 新しい鍵に、何かが差し込まれる。


 自白書を回収しに来たのだ。


 ヴィオレッタと目が合う。


 彼女の足元から、音もなく黒薔薇の蔓が伸びた。


 鍵が回る。


 扉が、ゆっくりと開き始めた。

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