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第三十八話 今度は私が信じる

 翌朝、教室へ入った瞬間、全員の視線が俺に集まった。


 いつもの見下すような目とは違う。


 何かを待っている目だった。


「アルト・レイン。席へ着く前に、かばんをこちらへ」


 教壇には、グレイ先生と見知らぬ教師が立っている。


 銀色の腕章は、学園規律局きりつきょくの印だ。


「俺の鞄ですか?」


匿名とくめいの通報があった。確認させてもらう」


 嫌な予感がした。


 規律局の教師が鞄を開き、教科書を一冊ずつ机に並べていく。


 古い筆箱。


 硬くなったパン。


 ヴィオレッタにもらった報告書の写し。


 そして底から、見覚えのない封筒が出てきた。


「これは?」


「知りません」


 封筒の中には、細かな文字と図が何枚も書かれていた。


 グレイ先生の顔が険しくなる。


「来週行われる魔法理論試験の解答だ」


 教室がざわめいた。


「やはり市民枠など入れるから……」


「公爵令嬢に取り入ったのも、成績を上げるためか?」


「身の程を知らないだけでなく、盗みまで」


「静かに!」


 先生の一喝いっかつで声は止まった。


 規律局の教師が俺を見る。


「昨夜、教務保管室から解答が盗まれた。封筒の封印も正規のものだ」


「本当に知らないんです」


「鞄はどこに置いていた?」


「市民寮の部屋に。でも、鍵なんて壊れたままで……」


 言ってから、自分に不利な答えだと気づいた。


 誰でも入れた。


 つまり、誰が入れたかも証明できない。


「市民枠の学生は、入学時の契約で不正行為を禁じられている」


 規律局の教師が冷たく告げる。


窃盗せっとうと試験不正が認められれば、即時退学だ」


「即時……?」


 貴族学生なら、家への連絡と停学ていがくで済むこともある。


 けれど、市民枠には後ろ盾がない。


 一度の疑いで、学園から追い出される。


「待ちなさい」


 隣の席から、ヴィオレッタが立ち上がった。


「彼は盗んでいません」


「ローゼンベルク公爵令嬢。これは規律局の問題です」


「証拠は、鞄から見つかったというだけでしょう」


「十分に重大な証拠です」


「鍵の壊れた部屋に置かれていた鞄よ。誰かが入れた可能性を調べず、退学にするつもり?」


かばわれる理由を伺っても?」


 教師の言葉に、嫌な含みがあった。


 教室の視線がヴィオレッタへ向く。


 俺なんかを庇えば、昨日の中傷ちゅうしょうがひどくなる。


「ヴィオレッタ、いい」


「よくないわ」


「でも――」


「アルト」


 彼女は俺だけを見た。


「あなたは盗んだの?」


「盗んでない」


「嘘は?」


「ついてない」


「なら、それで十分よ」


 迷いのない声だった。


「彼は私の相棒です。私は彼を信じます」


「お気持ちは証拠になりません」


「承知しているわ。ですから、証拠を探します」


 ヴィオレッタは規律局の教師に向き直る。


「正式な審問しんもんまで、規定では三日の猶予ゆうよがあるはずです」


「よくご存じですね」


「学園規則は、すべて覚えているもの」


 俺なら一行目で眠くなる本を、全部覚えているらしい。


「三日以内に、真犯人と侵入経路を示します。それまでは退学処分を保留してください」


「公爵令嬢が責任を負うと?」


「必要ならば」


 そのとき、セシリアも立ち上がった。


「私も証言します。昨日、アルトさんたちとの関係を断つよう、匿名の手紙が届きました」


「その手紙を提出できますか?」


「はい」


 規律局の教師はしばらく考え、封筒を回収した。


「三日後の正午に審問を開く。それまでアルト・レインは自室謹慎じしつきんしん。校内の移動も禁じる」


     ◇


 教室を出る直前、ヴィオレッタが俺を呼び止めた。


「不安そうな顔ね」


「そりゃ、退学になるかもしれないからな」


「させないわ」


「俺を信じすぎじゃないか?」


「あなたが教えたのでしょう」


 彼女は俺の袖をつかむ。


「悪いやつは、そんな顔をしない、と」


「俺の言葉、そんな便利に使うなよ」


「返しただけよ」


 ヴィオレッタの指は、震えていなかった。


「今度は私が、あなたを信じる番」


 紫色の瞳に、黒薔薇の光が宿る。


「あなたを私の隣から追い出そうとしたことを、必ず後悔させるわ」


 怖い言葉なのに、不思議と安心した。


 こうして俺は、何もできないまま寮へ閉じ込められた。


 退学審問まで、あと三日。


 そして、その夜。


 壊れたままだった俺の部屋の鍵が、何者かによって新しいものへ取り替えられていた。

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