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第三十話 守ったのは誰ですか

 釈明会が終わると、レオポルト公爵から呼び出された。


 広場の近くに用意された天幕てんまくの中で、ヴィオレッタの父が待っている。


「俺は外にいる」


 家族だけで話した方がいいと思い、入口で足を止めた。


 しかし、ヴィオレッタが俺の袖をつかむ。


「アルトも来てください」


「いいのか?」


「一人にしないと言ったでしょう」


「ああ」


 俺たちは並んで天幕へ入った。


 レオポルト公爵は、俺を見て眉をひそめる。


「なぜ、その市民がいる?」


「アルトは、今回の件を最初から見てきた証人です。それに、わたくしの相棒です」


「これは家族の話だ」


「でしたら、六年間も家族として扱われなかったわたくしが、誰をそばに置いても構わないでしょう」


 レオポルトの表情が固まった。


「ずいぶん、私へ言い返すようになったな」


「ようやく、自分の意見を口にすることを覚えましたので」


「その市民に教わったのか?」


「いいえ。アルトは、考えるより先に話します」


「悪かったな」


「ですが、黙って傷つき続けるよりはよいと気づきました」


 レオポルトは深く息を吐いた。


「グレゴールの屋敷と財務局は封鎖された。王都警備隊が全ての記録を調べる」


「母の火災についてもですか?」


「ああ。六年前の事故についても、再調査を命じた」


「事故ではありません」


「まだ決まったわけではない」


「叔父様は、火災前日に魔法油を購入していました。母が告発しようとしていたことも分かっています」


「感情だけで結論を出すな」


 ヴィオレッタの手が、強く握られる。


「父上は、いつもそうです」


「何だと?」


「母が亡くなったときも、わたくしが何を話しても、感情的になるなとおっしゃいました」


 声が震えていた。


「わたくしは見たのです。叔父様の部下が、火のついた容器を運んでいるところを。けれど父上は、子供の見間違いだと決めつけた」


「当時は証拠がなかった」


「では、父上はわたくしを信じていたのですか?」


 レオポルトは、すぐに答えなかった。


 その沈黙だけで、答えは伝わってしまった。


「……そうですか」


「ヴィオレッタ。私は公爵家当主として、軽率な判断をするわけにはいかなかった」


「娘を信じることも、軽率だったのですか?」


「そういう意味ではない」


「では、なぜセシリアからの手紙を、わたくしへ渡さなかったのです?」


 レオポルトの目が動いた。


「知っていたのか」


「今日、初めて知りました」


「火災後、アークライト侯爵家は我が家との関わりを避けた。中途半端な同情は、お前をさらに傷つけると考えた」


「セシリアが決めることです。父上が勝手に決めることではありません」


「お前を守るためだった」


「何からです?」


「世間からだ」


「守られてなどいません!」


 ヴィオレッタの叫びが、天幕に響いた。


「わたくしは悪女と呼ばれ、母を殺したと噂されました。使用人を傷つけたとも、気に入らない者を消したとも言われました」


 銀色の瞳から涙がこぼれる。


「父上は一度でも、わたくしの前でその噂を否定してくださいましたか?」


「公爵家が騒げば、噂がさらに広がる」


「家の名誉めいよを守っただけではありませんか!」


 レオポルトが言葉を失う。


「父上が守ったのは、わたくしではありません。ローゼンベルク家です」


 長い沈黙が続いた。


 やがてレオポルトは、ゆっくりと顔を伏せる。


「……そうかもしれない」


 初めて、彼の声から強さが消えた。


「妻を失い、公爵家まで崩れることを恐れた。お前まで失わないためには、弱さを捨てさせるしかないと思っていた」


「そのせいで、わたくしは誰にも助けを求められなくなりました」


「ああ。私は、父親として間違えた」


 ヴィオレッタが目を見開く。


「今さら謝って、六年間をなかったことにはできない」


「……はい」


「それでも、すまなかった」


 ヴィオレッタは、すぐには答えなかった。


「わたくしも、今すぐ父上を許すことはできません」


「分かっている」


「学園へ通い続けます。西部市民区の井戸も、最後までわたくしが直します」


「好きにしなさい。必要な権限は与える」


 レオポルトは俺を見る。


「アルト・レイン」


「はい」


「娘を炎の中へ連れ込むのは、二度とやめろ」


「俺が連れ込んだわけじゃ――」


「返事は?」


「……はい」


 レオポルトが天幕を出ていく。


 残されたヴィオレッタは、胸元から母親の手紙を取り出した。


「アルト」


「何だ?」


「この手紙を読む間だけ……そばにいてください」


「それくらいなら、いくらでもいる」


 ヴィオレッタは俺の隣へ座り、六年間開けられなかった母親の手紙へ手をかけた。

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