第二十七話 もう一つの黒薔薇
「嘘つき!」
「自分の魔力が残っているじゃないか!」
「やっぱり、あの女が井戸を壊したんだ!」
住民たちの声が、ヴィオレッタへ突き刺さる。
彼女は左手を押さえ、動けずにいた。
「ヴィオレッタ」
俺は壇上の中央へ向かった。
護衛に止められそうになったが、ヴィオレッタが首を横に振る。
「通してください」
「しかし――」
「彼は、井戸の異常を最初に確認した証人です」
俺はヴィオレッタの隣へ立った。
「俺は難しい魔法のことは分からない」
「ならば、黙っていたまえ」
グレゴールが冷たく言う。
「でも、ヴィオレッタが毒を知らなかったことは分かる」
「なぜだ?」
「こいつは、学園から言われて調査へ行ったんだ。井戸を壊した本人なら、わざわざ俺を連れて行かないだろ」
「発見したように見せるためかもしれない」
「だったら、倒れた子供を助けたり、自分の金で水を運んだりする必要もない」
「市民の信用を得るためだよ」
「何を言っても、全部悪い理由に変えるんだな」
グレゴールの眉が動いた。
「それは証拠ではない。ただ、君がヴィオレッタを信じたいだけだ」
「ああ。俺は信じてる」
広場が静かになる。
「本人がやってないと言ってる。それに、俺が見てきたヴィオレッタは、街の人を追い出すようなやつじゃない」
「アルト……」
「ただの感情論だ」
「それでも、一人くらい信じるやつがいてもいいだろ」
ヴィオレッタの目に、涙が浮かんだ。
すぐに顔をそらしたが、その震えは止まっていた。
「黒薔薇の鍵は、一つだけではありません」
今度はセシリアが前へ出た。
グレゴールの顔から、一瞬だけ笑顔が消える。
「何を言っているのかな?」
「六年前の火災後、ヴィオレッタ様は長い間、意識を失っていました。そのとき、黒薔薇の鍵が失われることを恐れ、複製が作られたはずです」
「子供の頃の曖昧な記憶だろう」
「いいえ。私も、その場にいました」
セシリアはグレゴールを見つめた。
「あなたがヴィオレッタ様の左手へ、魔力転写石を押し当てていました」
「治療に必要な処置だ」
「黒薔薇の紋章を写し取るためではなかったのですか?」
「根拠のない言いがかりだ!」
「根拠なら、ここにございます」
人混みの中から、リゼットが現れた。
その手には一冊の古い記録簿がある。
「公女様を屋敷からお連れする際、治療記録も持ち出しておりました」
「使用人が、公爵家の記録を盗んだのか!」
「公女様ご本人の記録です」
リゼットは王国評議会の調査官へ記録簿を渡した。
六年前、ヴィオレッタが受けた治療の内容が記されている。
『黒薔薇の鍵を一時複製。本人の意識が回復するまで、財務局の金庫にて保管する』
「保管責任者は……グレゴール・ローゼンベルク」
調査官が読み上げる。
「複製鍵は、どうなったのですか?」
「ヴィオレッタの回復後、廃棄した」
「廃棄した記録がありません」
「記録が失われただけだ」
レオポルト公爵が立ち上がった。
「グレゴール。複製鍵を作る許可は、私も出した。お前は、必ず破壊すると約束したはずだ」
「もちろん破壊しました、兄上」
「ならば、なぜ記録がない?」
「六年も前のことです。担当者が忘れたのでしょう」
「再鑑定をお願いします」
ヴィオレッタが、壊れた浄化魔石を指した。
「残された魔力が、本人の鍵と複製鍵のどちらによるものか、調べることはできませんか?」
鑑定官が魔石をもう一度確認する。
「通常の鑑定では区別できません。しかし、複製鍵であれば、魔力の流れにわずかな乱れが残ります」
別の鑑定器具が運ばれてきた。
壊れた魔石へ重ねると、黒い光の中に細い銀色の線が浮かび上がった。
「これは……」
鑑定官の顔色が変わる。
「残留魔力に、転写石を通した痕跡があります」
広場がどよめいた。
「浄化装置を開いたのは、ヴィオレッタ様本人ではありません」
鑑定官が断言する。
「複製された黒薔薇の鍵です」
住民たちの視線が、ヴィオレッタからグレゴールへ移った。
六年前に作られ、財務局で保管されたはずのもう一つの鍵。
それが井戸を壊すために使われていた。




