第二十六話 黒薔薇の鍵
「では、誰が井戸を汚染したというのだ!」
住民の一人が叫んだ。
「現在、王都警備隊が調査しています」
ヴィオレッタは逃げずに答える。
「わたくしが井戸を訪れたのは、学園の実地調査が初めてです。そこで毒を発見し、井戸の閉鎖と備蓄水の提供を命じました」
「だが、水は来なかったぞ!」
「その命令は、わたくしの知らないところで財務局に取り消されました」
住民たちの視線が、グレゴールへ向く。
「叔父様。なぜ、提供を止めたのです?」
「公爵家の備蓄を、学生の判断だけで動かすことはできないからだよ」
「契約書には、井戸が使えない場合、無償で水を提供する義務が記されています」
「古い契約だ。現在の状況へ、そのまま当てはめることはできない」
「勝手に契約を無視してよい理由にはなりません」
グレゴールの笑顔が薄くなった。
「証拠をお見せします」
ヴィオレッタの言葉に合わせ、グレイ先生と警備隊が壇上へ上がった。
最初に運ばれてきたのは、慈善院から見つかった交換用魔石だった。
「製造番号は、半年前に王都の補助金で購入された物と一致している」
王国評議会の調査官が確認する。
「なぜ、井戸の修理へ使われなかったのですか?」
「財務局の部下が、勝手に隠していたのでしょう」
グレゴールは平然と答えた。
「私も、昨日初めて知りました」
「その部下は、あなたから慈善院を燃やすよう命じられたと証言しています」
「自分の罪を軽くするための嘘だ。私は魔石を処分しろとも、火をつけろとも命じていない」
「では、なぜ慈善院へ財務局の人間が集まっていたのです?」
「調べさせよう。だが、部下の行動全てを私の罪にされては困る」
次に、軍需倉庫の建設計画が読み上げられた。
申請日は、井戸に異常が出る二か月前。
「叔父様は、井戸が壊れる前から住民を退去させようとしていました」
「軍需倉庫の建設は、国防のために必要な事業だ。住民には十分な補償を行う予定だった」
「その説明を、なぜ住民へしなかったのです?」
「正式に決定する前だったからだ」
グレゴールは、どの証拠にも言い訳を用意していた。
最後に、六年前の帳簿とエレオノーラの告発文が出される。
レオポルト公爵が、手紙を受け取った。
「この筆跡は……間違いなくエレオノーラのものだ」
厳しかった顔が、大きく揺らぐ。
「グレゴール。彼女は、お前が慈善事業の金を横領していたと書いている」
「義姉さんは、火災の前から精神を不安定にされていました」
「母を侮辱しないでください!」
ヴィオレッタの足元から、黒い茨が伸びる。
俺は隣から、その手を握った。
「落ち着け。今怒ったら、向こうの思うつぼだ」
「……分かっています」
ヴィオレッタは目を閉じ、黒い茨を消した。
グレゴールは、こちらを冷たく見ていた。
「義姉さんの記録が見つかったことは、私も驚いている。改めて調査を受けることには同意しよう」
「では、強制退去の命令も取り消しますね?」
「その前に、確認しなければならないことがある」
グレゴールが合図を送る。
財務局の役人が、透明な箱を運んできた。
中には、井戸から回収された壊れた浄化魔石が入っている。
「浄化装置の封印は、二つの鍵でのみ開けられる。一つは私が持つ財務局長の鍵。もう一つは、ヴィオレッタが受け継いだ黒薔薇の鍵だ」
王国評議会の鑑定官が、魔石へ器具を近づけた。
黒い光が浮かび上がる。
それは、ヴィオレッタの左手に刻まれた紋章と同じ形だった。
「装置には、黒薔薇の鍵による残留魔力が確認されています」
「そんなはずは……」
ヴィオレッタの顔が青ざめた。
「わたくしは、井戸へ触れていません」
「黒薔薇の鍵は、本人の左手に刻まれるものだ。他人へ貸すことも、盗まれることもない」
グレゴールが住民たちへ向き直る。
「浄化装置を開いたのは、ヴィオレッタ本人です」
「違います!」
「ならば、なぜ君の魔力が残っている?」
ヴィオレッタは答えられなかった。
住民たちの疑いが、再び彼女へ向かう。
グレゴールは、勝利を確信したように笑っていた。




