第二十四話 母の金庫
「六年前と同じ臭いだと?」
ヴィオレッタの話を聞いたグレイ先生は、すぐに王都警備隊へ連絡した。
「火災現場に残った魔法油は、成分を調べられる。過去の記録も残っているかもしれん」
「慈善院の地下に、母の記録室があります」
ヴィオレッタが言った。
「火にも耐えられるよう造られた部屋です。財務局も存在を知らない可能性があります」
「中へ入れるのか?」
「母の封印鍵があれば」
ヴィオレッタは、黒い手袋に包まれた左手へ触れた。
◇
火が鎮火したのは、夜明け前だった。
俺たちは警備隊の立ち会いのもと、焼け落ちた慈善院へ戻った。
倉庫は屋根を失い、壁も半分以上崩れている。
それでも母屋の地下へ続く階段は残っていた。
「こちらです」
ヴィオレッタを先頭に、暗い階段を下りる。
突き当たりには、黒い金属で造られた扉があった。
中央に、薔薇の形をしたくぼみがある。
ヴィオレッタは黒い手袋を外した。
火傷の残る左手を、扉のくぼみへ重ねる。
黒薔薇の紋章が光り、重い音とともに扉が開いた。
中には、大きな耐火金庫と、いくつもの書棚が並んでいた。
「火が入っていない……」
セシリアが魔石灯を掲げる。
室内の記録は、六年前のまま残されていた。
「母は、重要な書類を全てここで管理していました」
ヴィオレッタは棚を一つずつ調べていく。
俺とセシリアも、井戸や財務局に関係しそうな物を探した。
「これを見てください」
セシリアが、一冊の帳簿を開く。
公爵家財務局から慈善院へ支払われた金と、その使い道が記されていた。
ところどころ、金額が合わない。
「この印は何だ?」
「母が、確認できなかった支出につけていた印です」
同じ印が何十か所にも残されている。
消えた金の合計は、井戸を何度も造り直せるほどの額だった。
最後のページには、エレオノーラの字で一文が記されている。
『財務局長グレゴールによる横領の疑い。軍需施設建設のため、慈善事業の資金が流用されている』
「六年前から、軍の施設を造ろうとしてたのか」
「母は、それを止めようとしていた……」
帳簿の間から、封筒が落ちた。
中には、ヴィオレッタの父へ宛てた手紙が入っている。
『西部市民区から住民を追い出し、軍需施設を建設する計画が進められています。主導しているのはグレゴールです』
『財務局の資金だけでなく、王都からの補助金も不正に使用されています』
『明朝、証拠を持って全てをお話しします』
手紙の日付は、六年前の火災が起きた前日だった。
「母は、父に話す前に亡くなった……」
ヴィオレッタの声が震える。
「この手紙と帳簿が見つかれば、叔父の不正が知られる。だから慈善院ごと燃やしたのか」
「まだ、叔父様が火をつけた証拠はありません」
否定しながらも、ヴィオレッタの顔は青ざめていた。
「こちらにも記録があります」
グレイ先生が、別の書類を持ってきた。
火災の前日、財務局が大量の魔法油を購入した記録だった。
購入責任者の欄には、グレゴール本人の署名がある。
警備隊の調査官が、保存されていた魔法油の見本へ鑑定石を近づけた。
石が、今日の火災現場で採取した油と同じ赤紫色に光る。
「同一の製造所で作られた物です。特徴的な香料まで一致しています」
「では、六年前の火災も……」
セシリアが口元を押さえた。
帳簿による横領の記録。
軍需施設の建設計画。
火災前日に購入された魔法油。
そして今日、同じ油を使って証拠を燃やそうとした財務局の男たち。
全てがグレゴールへつながっていた。
ヴィオレッタは金庫の奥に、小さな白い封筒を見つけた。
表には、母親の字で名前が書かれている。
『愛するヴィオレッタへ』
ヴィオレッタは封筒を胸元へ抱き締めた。
けれど、すぐには開かなかった。
「説明が始まるまで、あと三時間です」
彼女は涙を拭い、俺たちを見る。
「母が守ろうとしたものを、今度こそわたくしが守ります」




