第二十二話 この手が救ったもの
「先生! 警備隊を連れてきました!」
ニールが、王都警備隊とともに戻ってきた。
グレイ先生は、交換用魔石が入った二つの木箱を指す。
「財務局が隠していた証拠品だ。直ちに封印しろ」
警備隊員が木箱の製造番号を確認する。
ニールの書き写した納品書と、全て一致していた。
「中から助け出した男も、財務局長の命令だったと証言しています」
「意識が戻り次第、詳しく事情を聞く。証人として警備隊で保護しよう」
男は担架で運ばれていった。
これでグレゴールの不正を証明できる。
そう思ったのに、グレイ先生の表情は険しいままだった。
「相手は公爵家の財務局長だ。一人の証言だけでは、命令していないと言い逃れられる可能性がある」
「魔石も見つかっただろ?」
「ここへ運ぶよう命じたのが誰かを証明する必要がある」
「まだ足りないのか……」
「それでも状況は大きく変わった。少なくとも、住民をすぐに退去させることはできない」
燃え続ける倉庫では、駆けつけた消火隊が作業を始めていた。
俺は少し離れた場所に座るヴィオレッタへ近づく。
彼女の足元には、黒い手袋が落ちていた。
「これ」
拾って差し出すと、ヴィオレッタは慌てて左手を背中へ隠した。
「見ないでください」
「どうして?」
「醜いでしょう」
ヴィオレッタは、俺から目をそらした。
「この傷を見た者は、黒薔薇の呪いだと言います。炎を呼び、人を傷つける手だと」
白い肌を覆う火傷の痕。
その中心には、黒薔薇の紋章が刻まれている。
けれど俺には、呪われた手には見えなかった。
「その手で、リゼットを助けたんだろ?」
「なぜ、それを……」
「本人から聞いた。それに、今日も俺たちを助けてくれた」
ヴィオレッタが黙る。
「人を傷つける手じゃない。人を助けた手だろ」
「簡単に言わないでください」
「難しく言う必要あるか?」
「あなたは、この傷が怖くないのですか?」
「火傷の痕だろ。俺も未来では――」
「未来?」
「いや、何でもない」
危ない。
また余計なことを口にするところだった。
「とにかく、怖くない」
俺はヴィオレッタへ手を差し出した。
「立てるか?」
彼女は自分の左手を見た。
傷を隠す手袋は、まだ俺が持っている。
少し迷ったあと、ヴィオレッタは素手のまま俺の手を握った。
「本当に、変わった方ですわね」
「よく言われる」
「それと……」
ヴィオレッタの頬が赤くなる。
「先ほど、わたくしが口にした言葉は忘れなさい」
「大切な人ってやつか?」
「今すぐ忘れなさい!」
「でも、はっきり聞こえたぞ」
「聞き間違いです!」
「俺のこと、大切なのか?」
「違います!」
ヴィオレッタは俺の手を振り払い、黒い手袋を奪い取った。
そのまま顔を背けてしまう。
「あなたが死ねば、相棒の変更手続きが面倒になると思っただけです!」
「相棒を変えたかったんじゃないのか?」
「今はそれを言わないでください!」
怒ってはいるが、先ほどまでの震えは止まっていた。
◇
「ヴィオレッタ。どうやって屋敷を抜け出した?」
グレイ先生が尋ねた。
「リゼットが、使用人用の門を開けてくれました。叔父様の部下が慈善院へ向かったと聞き、後を追ったのです」
「屋敷へ戻れば、再び閉じ込められるぞ」
「それでも、戻らなければなりません。明日の説明には、わたくしが出席することになっています」
「罪を認めるつもりか?」
「いいえ」
ヴィオレッタは、はっきりと答えた。
「叔父様が何をしたのか、父と住民の前で全て話します」
「脅されても?」
「アルトの市民枠を奪わせはしません。ですが、そのために罪を認めれば、アルトはもっと怒るでしょうから」
「当たり前だ」
「ですから、わたくしは逃げません」
そのとき、公爵家の馬車が慈善院の門前に止まった。
数人の護衛が降りてくる。
「公女様。公爵閣下の命により、お迎えに参りました」
ヴィオレッタの顔に緊張が走った。
それでも、俺の隣から動かなかった。
「父へ伝えなさい」
黒い手袋をはめ直し、真っすぐに護衛を見る。
「わたくしは今夜、学園へ戻ります」
「しかし――」
「明日の説明には出席します。ただし、公爵家に用意された言葉ではなく、わたくし自身の言葉を話します」
ヴィオレッタは初めて、公爵家へ帰ることを自分の意思で拒んだ。




