第二十話 旧エレオノーラ慈善院
「学生だけで向かわせるわけにはいかん」
リゼットから場所を聞いたグレイ先生は、古い土地台帳を調べてくれた。
旧エレオノーラ慈善院は、ローゼンベルク家だけの所有物ではなかった。
「建設費の一部をアステリア学園が負担している。現在も、公爵家と学園の共同管理になっているようだ」
「じゃあ、先生なら中へ入れるんですか?」
「学園の管理者として、建物の状態を確認する権限はある」
先生は学園の紋章が入った外套を羽織った。
「ただし、倉庫を勝手に開けることはできん。交換用魔石が存在するか、外から確認するだけだ」
「でも、見つけたら証拠になる」
「だからこそ、勝手に触るな。王都の監査官が来るまで、その場を守る」
「分かりました」
「お前の『分かった』は信用していない」
「みんな同じことを言うな……」
俺とセシリア、ニールは、先生とともに慈善院へ向かうことになった。
◇
旧エレオノーラ慈善院は、王都の北西にあった。
高い塀に囲まれた、石造りの大きな建物だ。
使われなくなって長いのか、門には枯れた蔦が絡みついている。
「ここで、ヴィオレッタの母親が亡くなったのか?」
「はい」
セシリアが、閉ざされた門を見つめる。
「六年前、慈善院で大きな火災が起きました。建物の中には、私とヴィオレッタ様もいました」
「ヴィオレッタは、セシリアが逃げたって言ってた」
セシリアは悲しそうに目を伏せた。
「煙を吸って、意識を失ったのです。気づいたときには、護衛によって外へ運び出されていました」
「じゃあ、自分で逃げたわけじゃないんだな」
「目を覚ましたあと、何度もヴィオレッタ様のもとへ戻ろうとしました。ですが、父に止められました」
「どうして?」
「火災の原因が、ヴィオレッタ様の魔法だという噂が広がっていたからです」
「そんなの嘘だろ」
「私はそう信じています。けれど父は、アークライト家まで疑われることを恐れました」
セシリアの両手が、固く握られる。
「ヴィオレッタ様へ送った手紙も、全て送り返されました。私は怖くなって、それ以上何もできなくなったのです」
「だから、ヴィオレッタは置いていかれたと思ったのか」
「はい。私が諦めてしまったことも事実です」
セシリアは言い訳をしなかった。
「いつか必ず、私自身の口から謝ります。ですから、このことは私から話させてください」
「分かった」
門へ近づいた先生が、片膝をついた。
「新しい車輪の跡がある」
地面には、何台もの荷車が通った跡が残っていた。
閉鎖されているはずなのに、最近も誰かが出入りしている。
「中から音がします」
ニールが門へ耳を当てる。
重い物を運ぶ音と、男たちの声が聞こえた。
先生は学園の管理印を門へ当てる。
封印が青く光り、ゆっくりと扉が開いた。
「全員、私より前へ出るな」
慈善院の中庭には、三台の荷車が止まっていた。
財務局の腕章をつけた男たちが、倉庫から木箱を運び出している。
箱には『浄化装置用交換魔石』と書かれていた。
「あった……!」
三つ。
納品書に記されていた数と同じだ。
「そこで作業を止めろ!」
先生の声に、男たちが振り返る。
「アステリア学園の管理者として命じる。その荷物を地面へ置け」
男たちは顔を見合わせた。
次の瞬間、一人が倉庫の中へ火のついた松明を投げ込んだ。
「証拠を燃やす気か!」
乾いた木箱へ火が移り、一気に炎が広がる。
男たちは荷車へ飛び乗り、反対側の門から逃げ出した。
「ニール! 王都警備隊を呼べ!」
「分かりました!」
ニールが来た道を走って戻る。
俺たちも燃え始めた倉庫へ向かおうとした。
その途中、炎の前に一人の少女が立っていることに気づいた。
「ヴィオレッタ!?」
屋敷にいるはずの彼女だった。
黒い手袋を胸元へ押しつけ、燃える倉庫を見つめている。
顔から血の気が失われ、体が震えていた。
「お母様……」
ヴィオレッタの瞳には、今の炎ではなく、六年前の火災が映っていた。




