第十九話 傷痕の侍女
学園へ戻ると、俺たちは書き写した記録をグレイ先生へ見せた。
「数字が事実なら、財務局が管理費と補助金を不正に使った可能性は高い」
「これで強制退去を止められますか?」
「正式な写しではない。これだけでは難しい」
「そんな……」
「だが、調べるべき場所は分かった」
先生が、交換用魔石の納品書を指す。
「公爵家の西倉庫だ。購入された三つの魔石が見つかれば、修理をわざと行わなかった証拠になる」
「でも、公爵家の倉庫には入れないぞ」
「王国評議会へ追加の調査申請を出す。ただし、許可が下りるまで二日はかかるだろう」
「強制退去が再開する日じゃないか」
「だからこそ、今できることを探せ」
そのとき、教員室の扉が叩かれた。
「失礼いたします」
入ってきたのは、黒い使用人服を着た若い女性だった。
右の頬には、こめかみから顎まで伸びる大きな傷痕がある。
「ローゼンベルク家から、ヴィオレッタ様の教科書を受け取りに参りました」
「あなたは?」
「公女様付きの侍女、リゼットと申します」
ニールが小さく息を呑んだ。
「どうした?」
「ヴィオレッタ様に顔を傷つけられたって噂の侍女だ」
聞こえていたのか、リゼットがこちらを見た。
「その噂は事実ではございません」
「ヴィオレッタがやったんじゃないのか?」
「はい。この傷は、六年前の火災で負ったものです」
六年前。
エレオノーラが亡くなった年だ。
「燃える建物の中へ取り残された私を、公女様が助けてくださいました」
「でも、ヴィオレッタも子供だったんだろ?」
「十歳にもなっておりませんでした。それでも公女様は、私を守るため、崩れてきた柱との間へ入ってくださったのです」
リゼットが、自分の頬の傷へ触れる。
「私の顔には傷が残りました。公女様も、左手にひどい火傷を負われました」
「だから、黒い手袋を……」
「エレオノーラ様が最後に贈られた物です。公女様は、人前で外そうとなさいません」
ヴィオレッタは、母親の形見で傷ついた手を隠していた。
それなのに世間では、彼女が侍女を傷つけたことにされている。
「どうして本当のことを話さなかったんだ?」
「公女様から止められております」
「何で?」
「私が公女様をかばえば、今度は公爵家に言わされていると思われる。それに――」
リゼットは寂しそうに笑った。
「公女様は、ご自分が傷ついたことを知られるのを嫌います。誰かに心配されることを、弱さだと思っておられるのです」
あいつらしいと思った。
泣いたことさえ、すぐに忘れろと言うくらいだ。
「リゼットさん。ヴィオレッタ様は、今どうしているのですか?」
セシリアが尋ねる。
「自室から出ることを禁じられております」
「やっぱり、閉じ込められてるのか」
「明日の正午、公爵家から西部市民区の件について公式な説明が行われます」
「そこで何を説明するんだ?」
リゼットは迷ったあと、声を落とした。
「井戸の管理を怠り、交換用魔石を倉庫へ隠したのは、全てヴィオレッタ様の指示だったと発表される予定です」
「偽造された署名を使って、あいつに罪をかぶせる気か!」
「公爵様は、ヴィオレッタ様ご自身の口から説明するよう命じております」
「断ればいいだろ」
「アルト様の市民枠を取り消すと、グレゴール様から告げられました」
俺のせいだった。
ヴィオレッタは俺を守るために、自分が罪をかぶろうとしている。
「この納品書の署名は偽物です」
セシリアが写しをリゼットへ見せる。
「西倉庫に、交換用の魔石があるはずです」
「西倉庫には、昨日グレゴール様の部下が入っております。すでに何も残っていないかもしれません」
「ほかに、魔石を運べる場所は?」
リゼットは少し考え、顔を上げた。
「旧エレオノーラ慈善院。現在は閉鎖されていますが、財務局が一部を倉庫として使用しています」
「場所を教えてくれ」
「まさか、向かわれるおつもりですか?」
「ヴィオレッタが俺を守ろうとしてるなら、俺もあいつを助ける」
公式説明まで、残された時間は一日もなかった。




