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第一話 焼ける前の王都

「アルト! いつまで寝ている! 入学式に遅れるぞ!」


 扉を叩く音に、俺は跳ね起きた。


「入学式……?」


「寝ぼけてる場合か! 市民枠が初日から遅刻したら、何を言われるか分からないぞ!」


 聞き覚えのない少年の声だった。


 それ以前に、ここはどこだ。


 俺がいたのは王都の焼け跡だった。崩れた壁の下で、七人の悪女について書かれた本を見つけて――。


「本……!」


 周囲を見回したが、焼け焦げた本はなかった。


 代わりにあるのは、薄汚れた壁と、木製の机。寝返りを打つだけで軋む寝台に、何度も継ぎ当てされた毛布。


 部屋は狭く、暖炉さえない。


 だが、焼け跡ではなかった。


「まさか、死んだのか?」


「勝手に殺すな! 五分で支度しろ!」


 扉の向こうから足音が遠ざかっていく。


 死後の世界にしては、ずいぶん忙しそうだ。


 寝台を降りた俺は、壁に掛けられていた鏡をのぞき込んだ。


「……誰だ、こいつ」


 いや、俺だ。


 髪も目も、間違いなく自分のものだった。


 ただし、若い。


 砲撃の破片で切った頬の傷が消え、伸び放題だった髭もない。鏡の中にいるのは、どう見ても十五歳ほどの少年だった。


 机には、簡素な制服が畳まれていた。


 上等な生地ではない。胸元には、見慣れない銀色の校章が縫い付けられている。


 その隣に、一枚の入学許可証が置かれていた。


『アルト・レイン。右の者を、市民特別枠として王立アステリア学園への入学を許可する』


「アルト・レイン……」


 名前まで俺と同じだった。


 だが、俺はこんな学園に通ったことなどない。


 王立アステリア学園といえば、王族や大貴族が通う場所だ。俺のような市民が、その門をくぐれるはずがなかった。


 混乱しながら窓を開ける。


 次の瞬間、息が止まった。


 青空の下に、美しい王都が広がっていた。


 白い建物が朝日を反射し、真っすぐに伸びた大通りを馬車が行き交っている。遠くには、折れたはずの時計塔と、焼け落ちたはずの王城がそびえていた。


 パンを焼く匂い。


 道を走る子供たち。


 洗濯物を干しながら笑う女性。


 誰も戦争を知らない顔をしていた。


「……残ってる」


 思わず窓枠を強く握った。


 俺の知っている王都には、何一つ残っていなかった。


 時計塔も、王城も、あの大通りも。


 全部、炎の中に消えたはずだった。


 机の上にあった新聞を引ったくる。


 そこに記されていた日付を見て、何度も目をこすった。


 大陸暦七四一年、四月十日。


「世界大戦が始まる……二十年前だ」


 偶然ではない。


 俺は過去に来ている。


 それも、俺と同じ名前と顔を持つ、十五歳の学生として。


「アルト! 本当に置いていくぞ!」


「今行く!」


 返事をしてから、慌てて制服に袖を通した。


 理由も、戻る方法も分からない。


 それでも、一つだけ分かっている。


 このまま何もしなければ、窓の外にある王都は焼け落ちる。


 さっき笑っていた人たちも、ほとんどが死ぬ。


 そして戦争の始まりには、七人の悪女がいた。


「会えるのか……あの七人に」


 七人が本当に心優しい少女だったのか、俺にはまだ分からない。


 だが、あの本に書かれていたことが真実なら――今度は、誰かが彼女たちを助けなければならない。


 俺は鞄をつかみ、部屋を飛び出した。


 このときの俺は、まだ知らなかった。


 七人のうち最初の一人。


 社交界で《黒薔薇》と恐れられる公爵令嬢が、すでに誰にも助けを求められないところまで追い詰められていたことを。

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