焼け跡の本
戦争が終わった日、誰も万歳をしなかった。
勝った国など、どこにもなかったからだ。
王都だった場所には、焼け焦げた建物と、名前の分からない死体だけが残っている。城の尖塔は折れ、石畳は砲撃でめくれ上がり、広場に並んでいた英雄像も首から上を失っていた。
俺はその焼け跡を歩き回り、薪になりそうな木片を拾っていた。
英雄でもなければ、兵士ですらない。
剣も魔法も使えない、ただの市民だ。
そんな俺が最後まで生き残ったのは、強かったからじゃない。
たまたま、死ぬ順番が回ってこなかっただけだ。
「これも駄目か」
拾い上げた柱の欠片は、中まで炭になっていた。これでは火をつけても長くはもたない。
諦めて投げ捨てようとしたとき、崩れた壁の下に黒いものが見えた。
一冊の本だった。
表紙の半分は焼け落ち、残った題名も煤で汚れている。
『七人の悪女――世界を滅ぼした令嬢たち』
俺でも知っている話だった。
世界大戦を引き起こした七人の悪女。
黒薔薇公女。
血染めの獅子令嬢。
氷棺の魔女。
ほかにも、多くの国で恐れられた女たちがいた。
幼い頃から何度も聞かされてきた。
七人が争いを望み、王族や軍を操り、世界を戦火に包んだのだと。
俺は本を開いた。
一人目は、敵国の使者を公衆の前で処刑した。
二人目は、自国の兵士を死ぬと分かっていて戦場へ送り続けた。
三人目は、避難する民衆ごと街を氷で閉ざした。
どの章にも、彼女たちが行ったとされる残虐な行為が並んでいた。
けれど、妙だった。
「悪いことは山ほど書いてあるのに……なんでやったのかは、どこにも書いてないんだな」
俺には政治の難しい話なんて分からない。
それでも、七人の女だけで世界全部が壊れるものなのかとは思った。
最後のページまでめくったところで、文字が途切れた。
その下に、印刷されたものとは違う文章が残されていた。
震える手で書いたような、ひどく乱れた文字だった。
『世間では、七人の悪女のせいで戦争が始まったと言われている。だが、真実は違う』
俺は無意識に、続きを目で追っていた。
『彼女たちは確かに、悪女と呼ばれるような振る舞いをしていた。けれど、本当は心優しい少女たちだった。ただ、自分の気持ちを伝えることが、あまりにも下手だっただけだ』
そこで一度、文字が大きく乱れている。
『もしも七人が孤立せず、互いに手を取り合っていたなら、戦争は起こらなかった』
そして、最後の一行。
『皆が、あの聖――』
その先は焼け落ちていた。
「あの、せい……?」
聖女。
聖域。
聖戦。
何を指しているのか分からない。
ただ、その文章を書いた誰かが、七人を悪女だとは思っていなかったことだけは伝わってきた。
「いい子だったなら……誰かが助けてやればよかったのにな」
今さら言っても遅い。
七人は死んだ。
彼女たちに滅ぼされたとされる国々も、その彼女たちを処刑した人々も、結局は戦争で死んだ。
俺もいずれ、この焼け跡で死ぬ。
そう思った瞬間、本に触れていた指先が熱を持った。
「熱っ……!」
慌てて手を離そうとした。
だが、動かなかった。
焼け焦げた文字が赤く光り、紙の上を這うように広がっていく。
黒い灰が舞い上がった。
視界が塗り潰される。
遠ざかる意識の中で、少女たちの声が聞こえた。
怒鳴り声。
泣き声。
助けを求める声。
けれど、どれも途中で途切れてしまう。
俺は考えるより先に、暗闇へ手を伸ばしていた。
「待てよ!」
その手は、誰にも届かなかった。
そして――。
「アルト! いつまで寝ている! 入学式に遅れるぞ!」
焼け跡には存在しないはずの朝の鐘が、俺の耳元で鳴り響いた。




