第十七話 井戸が壊れる前の計画
「ヴィオレッタ!」
グレゴールの馬車へ乗り込もうとする彼女を呼び止めた。
「屋敷で危ないと思ったら、すぐ逃げろよ」
「公爵令嬢であるわたくしに、帰る屋敷から逃げろと言うのですか?」
「危ない場所から逃げるのは、普通だろ」
「あなたにだけは、無謀だと言われたくありません」
ヴィオレッタは呆れたように息を吐いた。
「アルトも、勝手な行動は慎みなさい。叔父様は、目的のためなら手段を選びません」
「分かった」
「その返事は信用できません」
「ヴィオレッタも無茶するなよ」
「……努力します」
馬車の扉が閉じる。
グレゴールは最後に俺を一度だけ見て、笑顔のまま去っていった。
◇
翌日、俺とセシリア、ニールの三人は、王都会計院を訪れた。
王都で行われた公共事業の記録が保管されている場所だ。
グレイ先生から渡された調査許可証を受付へ出したが、職員は首を横に振った。
「市民区の学生に、財務記録を見せることはできません」
「学園長の印があるぞ」
「それでもです」
「なぜ?」
「規則ですので」
俺とニールだけでは、何度頼んでも取り合ってもらえなかった。
そこでセシリアが前へ出る。
「アークライト侯爵家の名において、記録の閲覧を求めます」
家の紋章が入った証明書を出した途端、職員の態度が変わった。
「た、ただちに確認いたします!」
職員が走って奥へ消える。
「同じことを言ったのに、ずいぶん違うな」
「……申し訳ありません」
「セシリアが謝ることじゃないだろ」
「ですが、これが市民枠の皆さんが置かれている立場なのですね」
セシリアは、悔しそうに受付を見つめていた。
しばらくすると、俺たちは記録室へ案内された。
西部市民区に関する帳簿が、机の上へ積まれていく。
「アルト。俺は金の記録を調べる」
ニールが帳簿を一冊取った。
「数字は得意なのか?」
「実家が道具屋だからな。お前よりは分かる」
「俺より下を探す方が難しそうだな」
「自分で言うなよ……」
俺は難しい収支をニールに任せ、井戸の修理記録を調べた。
東側と南側の井戸は、半年前から何度も異常が報告されていた。
そのたびに王都から修理費の一部として、補助金が支払われている。
「おかしいぞ」
ニールが二冊の帳簿を並べた。
「住民は毎月、管理費を払っている。王都からも修理費が出てる。それなのに、財務局の報告では修理費が足りなかったことになってる」
「金はどこに消えたんだ?」
「それが分からない。支出先が全部、『特別管理費』としか書かれてないんだ」
「グレゴール叔父様が、使い道を隠しているのでしょうか」
セシリアが別の箱を調べる。
その中から、丸められた大きな紙が見つかった。
「これは……西部市民区の再開発計画です」
机の上へ広げる。
街の建物は全て消され、代わりに巨大な倉庫と工場が描かれていた。
『王立魔導兵器局・軍需倉庫建設予定地』
その紋章を見た瞬間、喉の奥が詰まった。
歯車の中心に、剣を突き立てた紋章。
未来の焼け跡で、何度も見たものだ。
街を焼いた砲弾にも、兵士たちが運んでいた武器箱にも、同じ紋章が刻まれていた。
「アルトさん? 顔色が悪いですよ」
「いや……何でもない」
計画書の申請者を確認する。
『ローゼンベルク公爵家財務局長、グレゴール・ローゼンベルク』
申請日は、二か月前。
井戸に異常が出始めるよりも前だった。
「最初から、ここに軍の施設を造るつもりだったんだ」
住民を移動させる計画は、井戸が壊れたから作られたのではない。
計画の邪魔になる住民を追い出すために、誰かが井戸を壊した。
その先に建てられるのは、二十年後に世界を焼く兵器を生み出す場所だった。




