表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界テンプレブレイカー  作者: 浮華 傾佻


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/28

自己紹介

 檻の中に落ちた雰囲気は、重く粘つくようだった。会話が成立しかけた直後だからこそ、言葉の行き場を失った空気が余計に張り詰めている。ユウヤは何か言おうとして口を開きかけ、結局閉じた。少女は翼を抱えたまま視線だけを向け、警戒を解こうとしない。

 一応、ライダーとマキちゃんに今のやりとりを説明しておく。


 そのとき、床に横たわる青年の指が微かに動いた。

 最初は痙攣のようだったが、次に呼吸が大きく上下する。胸が震え、喉が詰まったような音が漏れた。ユウヤが反射的に振り向く。


 青年の瞼がゆっくり開く。

 焦点が合わない視線が天井を彷徨い、次に首だけがぎこちなく動いた。視界に入るものを順に確認していく。石壁。鉄格子。そして自分見下ろす巨大なカマキリの影。

 青年の体が、ビクンとはねる。そして、理解が追いついた瞬間、彼の顔から血の気が引いた。


「……やっぱ……夢じゃないのか……」


 かすれた声だった。視線が震え、涙が滲む。


「……終わった……ゴメン、アリッサ……」


 抵抗も怒りもない。ただ疲れ切った絶望だった。彼は顔を背けるように目を閉じ、小さく泣き始める。嗚咽を抑えようとしているのに、肩が震えて止まらない。

 檻の空気がわずかに変わった。敵意ではない。壊れかけた人間がそこにいる、という認識が全員に共有される。

 そのとき、ユウヤの脳内へ静かなログが流れた。


《言語検出》

《古代語系統:近縁》

《解析可能》

《解析開始》


(こいつの言語は、翼の少女のとは違うのか……?)


《解析終了まで30レグ》


 ユウヤがごくりと喉を鳴らした瞬間、足元から声が漏れた。


「そりゃ悪夢だよねー」


 ハッとして、ユウヤがゆっくり視線を落とす。


「……ソネット、お前今の分かんの?」


 幼虫がぴたりと固まる。


「え? あ! ま、まぁねー! なんとなく?」


 ユウヤの目が細くなる。


「翻訳スキルそっち行ってんの!? ずるくね? 俺も欲しいー!」


 ソネットが慌てて身体を揺らす。


「いやいや何となくだよ! 雰囲気で分かることってあるじゃん!」

「あー、空気読める系ね。確かに俺も、密室で誰かがオナラした時、何となく雰囲気で誰がしたか分かるからなー」

「何その下品で的外れなたとえ……」


 ライダーが興味深そうに視線を向けるが、何を喋ってるかは分からないようだ。俺はいま何語をソネットと話してるんだ?

 少女は二人のやり取りを理解できず、警戒したまま観察している。そのとき、再び脳内へ言葉が流れ込む。


《解析進行:完了間近》

《語彙照合:成功率上昇》


 ユウヤが小さく拳を握る。


「お、来たか?」


 脳内に短い振動のような感覚が走った。


《解析完了》

《翻訳補助:追加言語解放》


 突然、青年の慟哭が“意味”を伴って聞こえた。ユウヤは即座に身を乗り出す。


「なぁ、分かるか? 聞こえてるか?」


 青年の瞳が大きく開き、光が戻る。聞き慣れた言語だった。間違いなく、自分の世界の言葉。声の方向へ視線が向き、そして装殻したユウヤと目が合う。


「――ッ!?」


 驚愕で息が詰まり、身体を起こそうとして激痛に顔を歪め、むせる。


「ぐはっ……、ごほごほっ!」

「悪い悪い!動くな!……落ち着いてくれ」


 ユウヤが慌てて手を振る。巨大な装甲腕が動くたび、彼の恐怖が増すのが分かった。青年は荒い呼吸を繰り返しながら、震える声で言う。


「……喋った……? 虫が……喋った……」

「誰が虫やねん! ……あ! 装殻中なの忘れてた」


 もはや馴染みすぎて、生身だと勘違いするほどだった。ユウヤはできるだけ優しい声を出そうと試みた。


「こんな格好してるけどさ、中身はお前と同じだ」


 青年は数秒黙り込んだ後、周囲を見回した。虫人、少女、イモムシ、そして再びユウヤ。


「……じゃあ、周りのコイツらも中身は人間なのか?」


 ユウヤは即答した。


「いや、虫だけどさ」


 青年の顔に混乱という文字が書かれる。


「わけわかんねぇよぉ……」


 彼はまたさめざめと泣き始める。ユウヤは頭を掻きながら困った顔をする。横でソネットが、軽く吹き出した。


「今の笑うとこ!?」


 ユウヤがツッコミを入れると、青年がさらに混乱した表情で二人を見る。


「……虫と……会話してる……?」


 状況理解が追いつかず、現実感が崩壊しかけている様子だった。


*****


 檻の中には、重たい静けさが沈んでいた。横たわる青年の浅い呼吸音だけが断続的に響き、石壁に吸い込まれていく。翼を抱えた少女はその場から動かないが、視線だけは男へ固定されている。怒りとも悲しみともつかない感情が、長く押し込められていたのが分かった。

 青年が小さく呻くたび、少女の指先が強く握られる。翼の縁が震え、硬い床を擦る音が微かに鳴った。

 ユウヤは大の男が大泣きしているのに戸惑い、言葉を探しておたおたしている。

 次の瞬間、少女が勢いよく立ち上がった。翼が広がり、檻の空気が揺れる。


「何であんたが泣くのよ!」


 鋭い叫びだった。青年が驚いて肩を跳ねさせる。


「アンタのせいでこうなったのよ!アンタたちが、お父さんお母さんを、みんなを……!」


 怒りの勢いが途中で崩れる。


「どうして……」


 最後の言葉は涙に溶けた。少女の肩が震え、翼が下がる。

 ユウヤの脳内にログが走る。


《発話言語:現代アルカディア共通語》

《翻訳経路:拡張適用》


 ユウヤが目を見開く。


「うぇ!?そっちも喋れるんだ!? それにしても……今のはどういう……?」


 思わず青年へ視線を向けた。彼は少女の言葉を聞いた瞬間、顔を歪めた。目を閉じ、痛みとは別の重さを受け止めるように息を止める。


「……すまなかった……」


 弱々しい声だった。少女は即座に返す。


「謝っても許さないから。お父さん、お母さんを返してよ!!」


 ユウヤが二人を交互に見る。


「え、ちょっと待って、どういうことだってばよ!」


 沈黙だけが返る。空気がさらに沈むのを感じ、ユウヤは慌てて手を叩いた。


「一旦落ち着こう!な!? あ、ほら、緑のウンコ食べるか?」

「全然空気読めてないじゃん」


 ソネットが即座に叱る。


「スミマセン……」


 少女も青年も、同じ種類の困惑した顔でユウヤを見る。重苦しさがほんの少しだけ緩んだ。

 ユウヤは咳払いし、強引に話題を切り替えた。


「と、とりあえず自己紹介するわ!」


 勢いで言い切る。


「俺は神崎ユウヤ!そして、このキュートなイモムシが相棒のソネット!」

「あと、虫族のライダーに、マキちゃん!」


 後ろからマキちゃんのカマが肩を軽く叩く。


『エルグ人だ』


 ユウヤが振り返る。


「あ、エルグ人って言うんだ? ――あれ? 俺、今どっち語で喋ってた?」


 脳内へログ。


《同時発声:アルカディア共通語/虫語》


 ユウヤの顔がぱっと明るくなる。


「すっげ。ヴェスパ、すっげ!」


 ライダーが静かに記録を続ける。ユウヤは雑に補足する。


「俺も今知ったけど、この人たちはエルグ人っていうらしいわ。怖がらなくても大丈夫……、ってのは無理か……」


 少女は警戒を解かないまま様子を見ているが、少なくとも言葉が共有されている事実だけは受け入れ始めていた。一方、青年が息を整えながら口を開く。


「……本当に虫と喋れるのか……」


 信じられないものを見る目だった。


「……俺は、ベネだ。ベネ・パストーレ。もともと故郷で家族と一緒にペコラの牧場をやっていたが、今は……」


 ベネが言葉を詰まらせると、少女が鋭く言い放った。


「人殺しよ、そいつ」


 ユウヤが思わず叫ぶ。


「ヒトゴロシ!?」


 ベネが反射的に否定する。


「違う!」


 動いた拍子に傷が痛み、激しくむせた。


「何が違うのよ!?」


 少女の声が跳ねる。ユウヤが慌てて両手を振る。


「えーっと、つまり、この人がキミ、えーっと…」


「……クク・クングル。ククでいいわ」

「ククね!えーっと、ベネがククを殺そうとして、ここに落ちてきたってこと?」

「違うわ。こいつら、夜中にやってきて村を襲ってきたの。そして、私の家族や仲間を……!」


 ベネは呼吸を整えた後、慎重に発言した。


「……殺してない」


 ククの動きが止まる。


「死ぬと価値が下がるから……麻酔針で眠らせて……売るんだって……」


 ユウヤが目を見開く。


「売るって、……奴隷ってこと!?」


 ソネットが即座に言う。


「最っ低ー」


 ベネは目を細めながら続けた。


「依頼を受けた時の説明じゃ……大きな鳥の捕獲って聞いてたんだ。まさか、伝説の有翼族が目的だったなんて……知らなかったんだ。でも前金を受け取ってしまって……」


 ククの翼がわずかに緩む。抱え込んでいた腕が少し離れる。怒りは残っている。それでも、絶望だけだった瞳に別の光が差し込む。

 生きている可能性という考えが入り込んだ瞬間だった。


「言い訳なんて聞きたくないわ」


 ククがゆっくり立ち上がる。翼が背後で広がり、影が檻の壁を覆う。先ほどまで膝を抱えていた姿とは別人のようだった。目の奥に強い意志が戻っている。

 ククはベネを真っ直ぐ見据えた。


「家族を攫った奴らの情報を教えなさい」


 それは懇願ではなく要求だった。赦しでも和解でもない。ただ前へ進むための問い。

 ユウヤは状況を飲み込みきれないまま呟いた。


「……なんか、俺、置いてけぼりじゃない?」

「だねw」


 ソネットがクスクス笑う。


「……でも、こいつぁどう考えても救出イベント発生ってヤツだよなぁ!!」

「まだ完全に部外者だけどねw」

「辛辣ゥ!?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ