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異世界テンプレブレイカー  作者: 浮華 傾佻


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異文化コミュニケーション

 検査を終え、再び檻へと向かう。

 広場はいつも通り人であふれているが、ユウヤが近づくと人の波は大きく割れた。虫人たちが自発的に道を譲る。視線は集まるのに距離は詰めない。ユウヤは歩きながら何度も肩越しに周囲を見回し、落ち着かない仕草を隠しきれなかった。異様な緊張感が、虫たちの間に広がっているのが見て取れた。


「なんかドラマの院長回診みたいなんだけど」


 隣を歩くライダーが首をかしげる。


『周りの反応を気にしているのですか? 機動外殻から放たれる威圧感を本能で感じ取っているのでしょう。かつては最高幹部の戦闘用外装として活用されていたものですから』


 ライダーが鼻息を荒くしている。鼻はないが。

 足元をちょこちょこ歩くソネットが楽しげに揺れる。


「ラスボスって感じだね!」

「俺は主人公側だから!」


 ソネットは返事の代わりに、わざとらしくユウヤの足元を周回した。


 檻の区画が近づくにつれ、空気が冷たくなる。警戒の匂いがする。鉄格子の影が見えた瞬間、ユウヤの喉が軽く鳴った。先ほど、訪れた時と同様の重苦しい雰囲気がその場に充満していた。

 檻の前には、マキちゃんが立っていた。前脚を組むように構え、通路を塞ぐ位置にいる。ユウヤの外殻を見るなり、わずかに姿勢が硬くなる。敵意ではないが、警戒が一段上がった。


『……お前は』


 声に確認と牽制が混ざっている。ユウヤは左手を軽く上げ、明るく返した。


「あーオレオレ! ユウヤ! ほら、いつも緑のうんこ食べてたヤツ!」


 場の雰囲気を軽くするため放った自虐ネタは空振り。場の空気が一瞬だけ止まる。マキちゃんは沈黙したままユウヤを見ている。理解はしているが、感想がない。というより、何を言われたのか処理に困っているようだった。

 ライダーが横から一歩出て、丁寧に言い直す。


『議長判断によりアーティファクトが委譲されました。彼には今後、議会の任務に従事していただきます』


 マキちゃんがユウヤを見直す。


『……話せるのか?』


 ユウヤは胸を張った。


「そうなのよ! 全部この機動外殻のおかげ。 あと、最近までおっさんだと思っててごめんね、マキちゃん!」


 カマキリが露骨に首を傾げる。触角がわずかに揺れる。


『……何?』


 唐突に、「マキちゃん」と呼ばれたことと、「おっさん」と言われたことに、混乱が隠せない様子だった。ユウヤがまた口を開きかけたところで、ライダーが愉快そうに小さく手を上げて制し、ソネットが怒りながら足に突進してくる。


『これ以上の混乱を与えないであげてください』

「デリカシーってものを知りなさい」


「……すみません」


******


 檻の扉が開かれ、ユウヤは内部へ一歩踏み込んだ。空気が重い。

 壁際には人間の男が横たわり、呼吸は浅いまま途切れがちに続いている。腕の欠損は覆われ、止血の糸が乾いた白として残っていた。少しだけ、血色が良くなっているように見えた。

 その奥には黒い塊があった。少女は翼で身体を包み込み、閉じこもっている。ただ、隙間からは視線だけが鋭く突き刺さってくる。


 ユウヤはゆっくり近づいた。これだけ固い外殻を身に着けているのに、足音はほとんど立たない。自分が人間ではない何かになってしまったようで、言葉を選ぶタイミングすら狂う。


「……大丈夫?」


 できるだけ優しく話しかけたつもりだったが、返ってきたのは拒絶だった。少女が翼の隙間から顔を覗かせた瞬間、装殻姿を見て目を見開き、急に後退する。恐怖の色が濃くなる。彼女の喉からさっきと同じ聞き慣れない言語が鋭く飛び出した。


『――――!』


 意味は分からない。ただ、人間が発している音声だった。ユウヤは一瞬固まった。


「あ、そうか。この子が話してるのは虫語じゃないんだ……」


 ライダーが静かに言う。


『この種族の言葉でしょう。我々とは発音構造からして違います』


 少女は翼をさらに閉じ、震えながら続ける。


『――――! ――――!』


 ユウヤは両手を上げ、敵意がないことを示すようにゆっくり喋る。


「大丈夫。俺は敵じゃない。落ち着いて」


 その言葉が届いた感触はなく、少女の表情は変わらない。

 次の瞬間、脳内へログが流れた。


《未知言語検出》

《解析開始》

《追加発話を要求》


 ユウヤは思わず口を開く。


「ヴェスパ、これもいけるの?」


《解析精度:低》

《追加発話:推奨》


 ソネットが足元から覗き込む。


「がんばって、ユウヤ」

「もっと言葉を引き出せってことだな?」


 ユウヤは、言葉をかけ続けることにした。できるだけ単純に、短く、同じ内容を。


「俺は敵じゃない」

「話がしたい」

「分かるか?」


 少女の目が揺れた。拒絶の鋭さが、わずかに薄れる。まるで、声の形が少しだけ届き始めたかのように。

 沈黙が落ちたあと、少女が小さく息を吸った。翼の隙間から覗く瞳に、さっきまでの恐怖とは別の色が混じる。疑念だ。怯えながらも、理解しようとする動きが生まれている。

 彼女がゆっくり言葉を選ぶ。先ほどより発音が丁寧だった。


「……あなた、話せるの?」


 ユウヤは思わず身を乗り出した。


「あ、今の分かった!うん、話せる!……たぶん!」


 脳内ログが走る。


《解析:部分成功》

《翻訳経路:暫定》

《誤訳可能性:高》


 ユウヤは咳払いして言い直す。


「大丈夫、もう少し」


 胸の装甲を軽く叩く。少女は目を細めた。


「……あなた、いったい何者?」


 ユウヤは慌てて頷く。


「あぁ、さっき会っただろ?ほら、こいつと一緒にいた」


 ユウヤは足元のソネットを抱き上げて顔の横に並べる。ソネットが得意げに揺れる。

 少女の表情が固まった。


「でもあなた、さっきは……。虫だったの?それとも、さっきの姿は幻術?」


 ユウヤが首を振る。


「違う違う!俺は人間!さっきのが本物の俺で、この姿は服……というか、鎧?」


 説明しようとするほど言葉が乱れる。少女の目がますます警戒に寄る。理解したようで、理解していない顔だった。


「やっぱり人族なんだ……。人族は私たちの……敵!」


 ユウヤは一瞬驚く。


「……敵!? 一緒に落ちてきた彼は仲間じゃないのか? 彼は人族だろ?」


 男の方を指すと、少女の翼がびくりと震えた。彼女の視線が一瞬だけ男へ向き、すぐに戻る。嫌悪の色が濃い。


『仲間なわけないじゃない!! ……あいつらのせいで……』


 言葉は通じているのに、信頼は生まれない。むしろ会話が成立したせいで、疑念が輪郭を持って増えていく。

 ユウヤは黙り込んだ。何を言えばいいのか分からない。否定しても疑われる。説明すると余計に怪しくなる。

 ライダーは黙って観察している。記録優先の目だ。マキちゃんは檻の外から鋭く睨み、いつでも介入できる姿勢を崩さない。

 ソネットだけが楽しそうに尻尾のない尻尾を振っている。


「会話できたね、ユウヤ」

「……そうだな。まずは、一歩前進だな」


 場が行き詰まった、その瞬間だった。横から、かすれた声が漏れる。


「……うぅ……」


 全員が一斉に振り向いた。

 床に横たわっていた男の指が、ほんのわずかに動いた。閉じた瞼が震え、喉が鳴る。意識が、底から浮かび上がろうとしている。

 

 檻の空気が、再び重くなる。


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