課金制?
通路をいくつか曲がった先に、議長区画の別室が現れた。壁に古代装置が埋め込まれた空間で、研究室とも工房ともつかない雰囲気を持っている。中央には金属製の測定台があり、周囲には古びた機材や光を失いかけた表示板が並んでいた。
ライダーが慣れた様子で装置へ近づく。
『こちらへ。状態確認を行います』
ユウヤは測定台へ立たされる。
「なんか健康診断っぽいな……」
ライダーは壁から一枚の板状装置を取り外した。表面に古代文字が流れているが、ところどころ表示が欠けている。
『ええと……起動手順、第三節……いや第二節か……』
小声で読みながら操作を始める。
装置は沈黙したまま動かない。
『……起動……起動……言葉が古いな……』
「それ大丈夫?爆発しない?」
『爆発記録は……たぶんありません』
「“たぶん”って言ったよね今!」
数度叩き、角度を変え、ようやく装置が低く唸り始めた。天井から淡い光が降り、ユウヤの外殻をゆっくり走査する。
ライダーの目が輝く。完全に研究者の顔だった。
『素晴らしい……実働個体を見る日が来るとは……』
ユウヤはその熱量の籠った眼差しに少したじろいだ。
(俺が異世界を語ってる時も、こんなふうに見えるんだろうな)
測定光が消えると同時に、脳内へログが流れ込む。
《翻訳補助:限定稼働》
《身体補助:低出力》
《戦術系統:ロック》
《アクセス拒否:多数》
ユウヤは顔をしかめた。
「なんか、嫌われてる気がする」
『機動外殻には感情はありません。やはり、経年劣化が顕著ですね……』
腕を広げてポーズを取ると、装甲がわずかに駆動音を鳴らした。動きは軽いが、劇的な強化を感じるわけではない。疲れにくい程度の補助しかない気がする。
ライダーが記録を確認しながら説明する。
『視覚補助は部分成功。古代文字認識率三割程度です』
『発声翻訳は安定していますが語彙制限があります』
『戦術支援系統は完全封鎖状態です』
ユウヤが眉をひそめる。
「つまり強くはなってない?」
『丈夫ではありますが、白兵力はほとんど発揮できないでしょうね』
《機能制限:多数》
《推奨運用:補助用途》
ログが追い打ちのように流れる。
「チートの夢が……」
ライダーは表示板を何度も確認し、困惑した様子で触角を揺らした。
『これは中将級装備です。本来なら、この出力は……あり得ません』
ユウヤが首を傾げる。
「つまり?」
『経年劣化、あるいは内部回路の欠損です。長期間封印されていた影響でしょう』
ユウヤは肩を落とした。
「ジャンク品じゃん……」
珍しくムッとして、ライダーが即座に訂正する。
『されど遺産です。本来の性能を引き出せれば、ベヒモスを潰し、レヴィアタンを割き、テスカトリポカを屠るとまで伝えられて……』
「ゴメンゴメン!バカにしたかったわけじゃないんだ!」
そのとき、ユウヤはふと思いついたように呟いた。
「なあヴェスパ、これ直るのか?」
脳内に静かにログが流れる。
《自己修復:進行中》
《主修復回路:ロスト》
《代替サブ系統:稼働》
《修復予測:未定》
ユウヤの顔が引きつる。
「主回路ロストって何だよ……絶望ワードすぎるだろ」
ライダーが驚いた顔を向けた。
『……今、誰と会話を?』
「頭の中のヴェスパ」
ライダーはしばらく沈黙した。
『……記録にない挙動です。後で詳しく調べさせてください。できれば頭を開いて直接……』
「怖っ!」
ライダーが姿勢を正し、少し真面目な声になる。
『では、安全範囲内で操作訓練を行いましょう』
姿見の前へ誘導される。ユウヤの目が輝いた。
「来たな……変身練習タイム」
『訓練です』
「分かってるって!」
ライダーが命令語を読み上げる。
『装着命令は【ヴェスパ 装殻】、解除は【ヴェスパ 脱殻】です』
ユウヤは大きく頷き、姿見の前で構える。
「よし……決めるか」
無駄に角度を調整し、ポーズを作る。
「ヴェスパ、装殻!」
『今は装殻済みなので、まず脱殻しましょう』
ポーズまでとったのに恥ずかしい……。
やっぱりソネットは笑ってる。
脱殻をすると、ヴェスパは元のスズメバチ型に戻った。コイツは、飛べるんだな。
「じゃあ、あらためて!……ぬぅん!!」
『さっきから何ですか、それは』
「いや、変身するときの気合い入れというか、儀式というか、ロマンというか…」
『装殻前に攻撃を受けますよ?』
「それはやっちゃあいけない、お約束でしょうがっ!」
『相変わらず、不条理ですね』
ライダーもなかなかにツッコミだね。
ここで、あることに気づく。
「そう言えば、なんで俺は今お前と喋れてるんだ? 外殻着てないぜ?」
『ヴェスパはあなたの脳内に有機チップを埋め込んだと思われます。それによって、通信で脳内に翻訳情報を送っているのだと。一方、あなたの発した言葉は、翻訳されたものがヴェスパから音声出力されています』
「ヴェスパさん、まじハンパねーっす」
気を取り直し、装殻を試す。
「ヴェスパァ!!装ォ殻ッ!!」
『普通の声量で大丈夫ですよ』
ヴェスパが低く鳴動し、装甲がわずかに締結し直す。光が走り、ユウヤと重なる。分解したヴェスパのパーツが、各部位に散らばりユウヤの体を覆い、つなぎ合わされる。接続部が淡く青く光り、駆動音が心地よく響いた。
ユウヤの顔が輝く。
「くぅ〜!今の俺、絶対映えてる!」
ソネットが身体を揺らしてリクエスト。
「もう一回!もう一回!」
ライダーが困ったように言う。
『……訓練ですからね?』
「分かってる分かってる!ノリ大事!」
再びポーズ。
「ヴェスパ、脱殻!」
装甲が鳴動するが、途中で止まる。
《解除:非推奨》
《同期維持:推奨》
《エネルギーセーブモード:推奨》
「あれ、戻らない……。エネルギーセーブモードってなんだよ?」
《エネルギーコア:破損》
《生体エネルギー利用モードに移行》
《内存エネルギーを副修復回路に割り当てます》
「ヴェスパは何と言ってるのですか?」
ユウヤは、ライダーにヴェスパの言葉を伝えると、首を傾げた。
『……コアまで破損ですか。コアは強固に守られているので、普通壊れないのですが。……ヴェスパはコアからエネルギーが取り出せないので、おそらく、維持に必要なエネルギーをあなたから吸って稼働してるのだと思われます』
「吸うって……?なにか吸われてる感じはしないぞ?」
『少し前に跳んでみてください。あちらの壁まで跳ぶ、と意識して』
小さめ部屋ではあったが、それでも壁までの距離は4mほどあった。
「ジャンプすりゃいいのか? さすがにまぁ、届かないと思うけど……っと、おわっ!?」
脚がギュッと締まり、地面が重くなるのを感じた瞬間、壁が目の前に迫ってきた。視界が斜めに捻れ、金属同士がぶつかるような音と同時に足に重く衝撃が走った。その直後、地面に落ちるユウヤ。
『壁の手前という意味だったのですが……』
顔を上げると4メートル先にライダーとソネットが見える。チラリと後ろを見ると、壁に大きな凹みがあり、中心には誰かの足跡。
『しかし、やはり身体能力補助は制限がかかってますね。』
「これで!?!?十分チートじゃねぇか!!」
驚いて立ちあがろうとするユウヤだったが、軽い立ちくらみに襲われる。
『体の調子はどうですか?』
「なんか、クラっとする……、っていうか。めっちゃ腹が減ってる……?一日メシ抜いたときみたいだ」
『……なるほど。やはりそういう意図で制限が……。』
「1人で納得しないでね」
そう言うと、ライダーが説明モードに入る。
『すみません。……先ほどヴェスパが報告した通り、エネルギーコアが破損しており、内部エネルギーは枯渇寸前です。これはわかりますね?』
「あ、うん。だから、脱殻できないって」
『はい。脱殻しても、単独状態を維持できないのです。だから、装殻状態で最低限の機能を保持したままスリープ状態に入ります。そして、何か機能を使う際はあなたから生体エネルギーを吸収する。それがヴェスパの言うエネルギーセーブモードだと思われます』
「めっちゃ早口やん。エネルギー吸われた結果が、この空腹ってわけ?」
『はい。今回は、機能制限範囲内の跳躍だったのでその程度でしたが、制限がかかっておらず、本来の能力を使用してたら、即死でしたね』
サラッと恐ろしいことを言う。
『なので、生体の維持が可能な範囲までで身体能力補助が制限されているものと思われます』
「マジか……。じゃあ、これ着て華麗に戦うにはどうしたらいいんだよ」
『常に食事をしながら戦闘をする、というのが一つの案ですね』
「そんなヒーロー、みたことあっか!?」
ソネットが笑い転げてる。
『冗談です。食べてもすぐにエネルギーに変換されるわけではないので、満腹状態で死にます』
「フォローになってないんよ」
『恐らくではありますが、スティグマタイトを充填することが可能です』
「スティグマタイト?」
「ユウヤ、あの光る石!」
「アレ!?」
それは、ユウヤが虫人の手伝いをした報酬としてたまにもらっていたキレイな石だった。
「ちょっと前まではポケットに3個くらい入れてたけど、この前、子供たちとの小石遊びであげてしまったな」
『スティグマタイトは今や貴重なエネルギー結晶ですよ。一つで、家の全照明が約2000日間稼働します』
「マジか……。そんな貴重なものを譲ってもらったのに、俺ってやつぁ……」
「ワタシ、持ってるよ!」
ソネットがゴソゴソとすると、どこからともなく光る石が出てきた。
「ソネット、お前ってやつぁ…」
「貸しだね!」
しっかりしてらっしゃる。
*****
《スティグマタイトを確認》
《充填は腹部ユニットより可能》
「ここかな…、と」
お腹の変身ベルトみたいなのに小石を当てると、ドロリと溶けるように吸収された。
《スティグマタイト充填完了》
《エネルギー充填率:5%増加》
《エネルギー残量:12%》
「燃費わるぅーー!」
ユウヤが叫ぶと、ライダーはまたムッとして反論した。
『エネルギー貯蔵容量が膨大なのです。本来の能力と用途、そもそものエネルギーコアの性能を考えると、仕方ないことです。ヴェスパによるとセーブモード中は、内存エネルギーを修復に割り当ててるようですので、当面、装殻状態維持が最適解ですね』
数日、この姿で生活する未来が確定する。ユウヤは半分諦め、半分楽しそうに息を吐いた。
「まあいいか……ヒーロー生活、始まったってことで」
ソネットが肩へよじ登り、満足そうに揺れる。
研究室の静かな光の中で、新しい日常がぎこちなく動き始めていた。




