19・過去(レオル視点)
「レオルのお姉様、私のことを見たら驚くかしら。今は一緒に暮らしていないの?」
「姉さんは俺を連れて戦渦から逃げてくれたけど、その後亡くなった」
「そう……。他の家族は?」
「戦渦で亡くなった」
「そうだったのね」
リシアは錬金釜から杖を抜くと、底から重力無視で浮いてくる白香木の櫛を取る。
それは柔らかな色が美しい、ほのかに甘く爽やかな木の香りがする素晴らしい出来だった。
「これ、もらってくれるかしら」
受け取る時に、リシアはふらりとよろめく。
慌てて取り繕おうとする姿で、俺はリシアの魔力が空になっていることに気づき、すぐそばの椅子に座らせた。
「座るより横になった方が良いか?」
「平気よ。ちょっとふらっとしただけで」
「だけど兆候はあったんだろ?」
「そうね。これで魔力の限界がわかったかもしれないわ」
「無理するなよ。休んで明日にすればいいから」
「だって……私、レオルに贈り物をしたくて我慢できなかったのよ。でもやめておけば良かったわ。全然喜んでもらえなかったもの」
珍しく拗ねたように呟くので、それが一番嬉しいような気がしてくる。
「そんなわけないだろ」
俺はできたての櫛で、細雨の筋のように美しい彼女の銀髪を梳かし始める。
慣れない状況らしく、リシアはぎこちなくじっとしていた。
「レオル……これはもしかして、お姉様とお人形遊びをした延長かしら?」
「惜しいな。姉さんが、石像のフィリシアの髪があまりにも綺麗だから、梳かしてみたいってよく言ってたのを思い出してさ。俺がしたくなった」
梳かしながらちらりとその顔を覗くと、リシアは固い表情をして固まっている。
拒否しないのは、姉の話を聞いたせいだろうな。
相変わらず人に慣れていないその様子を見ると、慣れて欲しいような欲しくないような……俺がやたらと構いたくなってしまうのも、仕方ない気がする。
厄災の王女の魔彫像に惚れ込んでいたのは、姉だけではなかったんだ。
俺がまだ隣国の王太子だった幼い頃、父を始めとする上層部の腐敗した政治によって国力は疲弊し、すでに東からの侵略に加担する者まで現れていたらしい。
事情は詳しくわからなくても、周囲の大人たちが傲慢な欲望に満ちていることを幼いながらも感じ取っていた俺には、姉しか安心して話せる人がいなかった。
だから彼女に会えないときはいつも、城の宝物庫の奥で忘れ去られたようにひっそりとしまわれている、あの神秘的な雰囲気に満ちたフィリシアの魔彫像に会いに行き、気持ちを紛らわせていた。
楽しんでいるような、それなのに悲しいような、あの謎に満ちた表情の意味を今日知った気がする。
周囲からの侮蔑を受けながら、それでも磨き続けてきた自分の力の意味を知るのに、千年もかかったんだな。
「なぁリシア。もしお前の魔力や錬金釜のことを他の奴に知られて追われたら、勝手にどこかへ逃げるんだろ?」
「そうね。レオルは心配性だから追ってきそうだけど、危ないからやめたほうがいいわ」
「言うと思ったよ」
たとえそうだとしても、リシアが危険な状態なら、俺も諦める気なんてないけどな。




