北の地にて
成瀬がいなくなった次の日の朝。国王は王宮裏の墓場に来ていた。一番奥にある大きな墓は初代国王のものだ。その隣には初代剣聖のものがある。どちらも成瀬と共に戦った英雄だ。国王は偉人たちの墓に花が手向けられているのを見つけた。たった一輪、紅い花が無造作に置かれている。国王は厳しい顔をして空を仰いで、
「行ったか……」
と、ただ一言呟いた。
彼に成瀬水月からの手紙が届くのはその後のことだ。
←ーー
ふぅーっと息を吐くと、僕の目の前は真っ白になる。もう北国まで来たのか……と、少し感傷に浸った。一吾は手紙を読んだだろうか。まだ一夜あけただけだ。みんな動揺しているだろう。そんなことを思いながら足を止めた。雪が覆ってしまった台地には、人の姿が見当たらない。いくつか街を過ぎた後、ずっとこんな調子だ。夜通し走った所為か、少し眠い。次の街で一旦休もう。街があったらの話だが。
僕は再び歩きだした。とにかく北へ向かう。その先に魔族との戦争の最前線がある。これまでと違ってそこは戦場だ。十二魔将や八大魔王のような力の強い個体は人間の居住地に張られた結界を通り抜けられるが、ただの魔族には出来ない。だから弱い魔族はここに集められて白兵戦をやらされる。一方の人間も大半の力をここに集中させている。当然だ。ここを突破されれば人間は壊滅なのだから。そのため、最前線ではかなり激しい戦闘が行われていると聞いた。人間が押され気味だというのも聞いた。僕達は南でのうのうと暮らしていたが、案外人類滅亡のタイムリミットは近いのかもしれない。
さらに半日移動した時、ようやく街に到着した。脇目も振らず宿をとった僕は食事もそこそこに床に就いた。
ドンドンドンッ!僕の目を覚ましたのは部屋の戸を叩く音だった。なにやら切迫した様子だったので、僕はすぐに戸を開けた。
「お客さん!龍だよ!逃げて!」
宿の女将さんは息を切らしながらそう言った。
「竜……?どこにいるんです?」
「街のそと!」
「先に逃げててください。後から行きますから」
僕がその言葉を言い終わらないうちに女将さんは走り去っていった。僕はベッドに戻り、目を閉じた。無論二度寝をするつもりだ。竜程度で避難なんて馬鹿馬鹿しい。襲ってきたら起きればいい。
それからどれくらい経ったろうか。僕が再び目を覚ましたのは部屋が燃えている時だ。屋根はいつの間にかなくなっている。上空には赤い竜が見えた。僕は大きな欠伸をすると、燃えている宿を出た。
宿を出ると、目の前に広がっていたのは半壊した街だった。竜が吐く炎で家は燃やされ、崩れていた。ここまできたらいっそ燃えてしまった方が再建もしやすいだろう。そう思ったところで腹の虫が鳴いた。朝食をまだ食べていない。とは言っても店は燃えているし、どうしたものか。あてもなく歩いていると、物々しい武装をした男たちとすれ違った。
「おい君!早く逃げなさいッ!」
「危ないぞ!」
どうやら街の自警団らしい。
「チッ!俺が安全な場所まで連れて行く!お前らは先に行ってくれ!」
先頭の男がそう言うが早いか、僕を肩に担ぎ上げた。ちょうどその時、竜が後ろに着地した。その衝撃だけで男たちは転びそうになっていた。
「えっ?自分で行けますって!」
「だめだ、危険すぎる!これから竜との戦闘が始まるんだ!」
「まさか戦うつもりですか?」
「勿論だ!これ以上好き勝手にさせておけない!街の避難場所がバレたら全滅だ!」
「なるほど……」
僕がそう言ったところで、後ろから人が飛んできた。僕は肩から降り、その人を受け止めた。ひどい傷だ。やはり竜の相手は無茶だったか。
「隊長……すみません……俺、やられちまった……」
「イアンッ!イアンッ!くそっ!竜めぇ……!」
隊長は、イアンを抱いて吠えた。僕はイアンの首に手を当てる。すでに事切れていた。
「……悪いな。君、俺も竜と戦ってくる」
隊長は恨みのこもった目で竜を見つめた。イアンの体を横たえるとすぐに走っていった。
「間の悪い時に来ちゃったなぁ……」
僕もその後を追って竜の方へ向かった。
隊長に追いついた時、他の隊員たちは息も絶え絶えの状態だった。竜に傷一つついた様子はなく、歯が立たなかったことが分かった。
「隊長、その人たちと非難していてください」
「君!来てしまったのか!」
「まあ逃げるわけにもいきません……紅雪」
紅雪を呼ぶ。吹き荒れる冷気が炎を蹂躙した。竜は不快そうに吠える。自警団の人々は、妖気に当てられて押し黙った。
「グォォォッ!」
「君は一体……」
隊長は絞り出すようにそう言った。
「ただの旅人ですよ」
僕がそう言った時には、竜の翼が落ちた。
「グガァァァ!」
苦し紛れに振り下ろす爪を、腕から凍らせた。
「今です!逃げてください」
振り返って隊長を見ると、彼は頷いて動けない隊員を抱えた。
「すまない、あとは任せたぞ」
「ええ。お任せを」
隊長の背中が見えなくなったところで氷を解いた。竜に向き直ると、驚くことに翼が再生していた。隊長を追って飛ぼうとしていたので、すぐに翼を切り落とした。竜は音を立てて地に落ちる。竜って再生とかしたんだっけ?ありえない。が、僕はそこで思い出したことがあった。魔法の効かない竜に僕は以前会っている。あれは確か白沢と倒した時だ。それを作ったのは、八大魔王「色欲」のレーガン。闘技大会で殺し損ねてから数ヶ月、この近くにいるのか。僕がそこまで考えたところで竜が炎を吹いた。冷気を解放し、炎をかき消す。
さて、さっさと決着をつけてレーガンを探そうか。
「凍獄ーー万砕」
竜は巨大な氷の中に閉じ込められた。僕はゆっくりと近づき、紅雪の柄で叩く。ピシィィッと亀裂が広がり、竜は氷ごと粉々に砕け散った。破片は雪の様に舞い輝いた。




