狂気の奔流
『それでは、表彰式を行いますので、選手の皆様は試合場においでください。』
アナウンスは暑苦しいおっさんからおねえさんに戻った。僕はスイゲツのまま試合場に残った。まあ、僕一人いなくてもバレないだろう。
「あ、勇者の方はこちらでーす」
oh……僕はこっそり狐面を外し、そっちに向かった。
「水月、凄かったなお前。全く見えなかったぞ」
一吾がさっそく褒めてくれる。
「その内一吾もああなるよ」
「いや、無理」
「成瀬、優勝おめでと」
「うん、成瀬とか優勝とかはっきり言わないでね白沢さん」
ひやっとしたよ。一吾は優勝とは言わなかったけど白沢ははっきり言いやがりましたね。
…はッそうだ!水谷は!?
周りを見ると、水谷はケヴィンの近くにいた。
まだなんの動きもないか。魔法師団と騎士団はしっかり待機しているようだし、フェイスもケヴィンもいる。大概のことは対処できる。しかし、水谷の口がニヤリと歪んだ気がして、僕は胸騒ぎがした。思わず僕はそっちに足をむける。
「ぐぁっ!?」
突然、ケヴィンが悲鳴を上げ、崩れ落ちる。
腹にナイフが刺さっていた。
「水谷ッ!」
犯人は言うまでもなく、水谷だ。
「ふふふ、ショウタイムよ」
水谷が手を挙げると、空間に亀裂が走った。亀裂から現れたのは、幾体もの魔族。
「水谷ッ!お前、何をした!」
一条が叫ぶ。事態を把握できていない。魔族達が闘技場に降り立った。見た所、軽く百体はいるだろう。
「何って、見れば分かるでしょ?」
「裏切ったのか!」
「裏切る?元から私はあんた達の味方じゃない」
「くそっ!水谷ーッ!」
一条が水谷に斬りかかった。
「なっ!?」
だが一条は突然目の前に現れた男に弾き飛ばされた。
「魔族か。誰だ?」
一条に代わりに僕はその、筋骨隆々の男に問いかける。
「お前は危険な匂いがする。俺と同じ、人殺しの匂いだ」
その男が僕を見てそう言ったかと思うと、男の姿がぶれた。
「は?」
横目で僕の右腕が飛んでいるのが見えた。
斬られた。
そう認識した瞬間、思考が切り替わるのを感じる。
「俺は七大魔王、『憤怒』のエイデンだ。」
その言葉を聞くと同時に、僕は鴉を抜いた。
ーー→
エイデンは驚愕する。
内通者の水谷から、勇者達は戦闘の経験は浅いと聞いていたからだ。取り敢えず一番危険そうな人物の腕を切り落とし、戦意を喪失させるはずだった。だがどうだ。腕を斬られた男は、戦意を喪失するどころか、刀を抜いて反撃してきた。顔には狂気じみた笑みさえ浮かべている。
「お前っ何者だッ!」
「ふふふっ」
その目の奥に潜んだ狂気はエイデンをしてもぞっとするようなものだった。
ー
「チッ観客席にも行かれたか!」
別の場所では一吾が苦い顔をしていた。一番強そうな魔族は水月が対応してくれたが、まだ試合場には魔族がいる。
「……まあそれは水月がやるだろ。今は観客席だ!」
今水月は片腕を切り落とされ、今までに見たことのないほどの殺気を放ち、狂ったように暴れている。任せても大丈夫だろう。観客席に跳び乗ろうとするが、結界に弾かれてしまう。
「くそっ!」
「結界を張っている魔道士は私が操ってる。」
水谷が口元を歪ませている。
「やっぱお前か。読み通りだな」
「読めても、防げない」
悔しいが、一吾にはどうしようもない。ケヴィンも腹を刺されていて動けないし、他の参加者は魔族にかかりっきりだ。水谷と戦うかどうか考え出したその時、水月が何人か片手に抱えて走ってきた。
「水月!大丈夫か?」
「………」
「うわっ、お、おい!」
水月は一吾の問いに答えず、一吾の首元を掴んだ。
そのまま観客席まで跳び上がる。
「おい、水月!結界があるぞ!」
またしても水月は答えず、蹴りを放った。儚い音を出し、結界の一部が砕けた。
「まじか」
そこで初めて水月が口を開く。
「一吾、フェイス、一条、清水、国王と観客を頼む!」
「「お、おう!」」
「じゃあ、無事で」
「お前もな!」
「僕は余裕さ」
「片手なしのくせに」
水月は無言で一吾達を観客に襲いかかる魔族のところへ投げた。
「ぎゃー!」
「おぼえていろ!」
「きゃーっ!」
「成瀬ーッ!!」
凄まじいスピードで四人は飛んでいった。
←ーー
「さてと」
僕はエイデンこちらに向かってくるのを確認し、試合場に降りた。
「俺をここまで簡単にあしらうとは、やるな」
一吾達を観客席に送るために、僕は一度エイデンを吹っ飛ばしていた。
「君も運が悪い」
僕は鴉を持ち直す。
「あらぁ、エイデン苦戦かしらぁ?」
「もう一人増えたか」
ふらりと現れた、妖艶な魔族に問う。
「七大魔王、『色欲』のレーガンよぉ」
「へぇ、そう」
七大ってことはやっぱり魔王って七人もいるのか。
僕はふっと力を抜くと、二人を斬りつけた。
腕が二本飛ぶ。
「がっ……」
「くはっ」
「侮るな、俺は魔王だ。」
そう言えば、魔王はあと五人もいるのか。でも全員この程度なら、余裕だな。僕が倒すのかは分からないけど。
「驚いた。まだやれるんだ」
「お前と違って片手など再生できる」
そう言うと、二人は片腕を再生した。
「そんなにお前達に構っている暇は無いんだよ。」
僕は忘却を一瞬発動し、二人の意識を飛ばす。
何をしていたのか忘れた二人は、硬直した。
「「?」」
「絶」
空間ごと斬り裂いた。
二人の上半身がずり落ちる。そこで二人はやっと思い出したようだ。
「なっ!?お前なにをした!」
「でも無駄よぉ?魔王ともなると、これぐらい回復できるわぁ」
同時に飛びかかって来る二人を金陣で防いだ。すぐに解除して首を飛ばした。僕は二人が回復しているうちに、再び忘却を発動する。今度は少しではなく、大量の魔力を込めて、だ。
「お前らの失敗は、僕に敵対したことだ。かわいそうだから、全部忘れさせてあげるよ。」
「くそっ!まさか!」
危険を察知したのか、エイデンはレーガンの上半身を突き飛ばした。
だが遅い。忘却の魔法は僕を中心に半球状に広がった。エイデンがへたり込む。周りでは、魔族達も同様にへたり込んでいた。
「ふふふははははっ」
その様子に思わず笑ってしまう。立ち方さえ忘れた魔族達は、滑稽だ。
「馬鹿な……!」
偶然忘却から逃れたのか、その様子を見た水谷が呆然としていた。僕はゆっくりと近づく。
「ショウは終わりかい?」
「狂ってる」
水谷は震える手で指差してくる。
「それはお前だ」
僕は鴉を振りかぶる。
その時、立ち塞がったものがいた。
「やらせないわぁ」
「ん?」
「魔法の効かない魔物を作ったのはあたしなのよぉ?あのオーガも、黒鋼竜も、剛腕の薬も」
「へぇ、だから忘却が効かないと」
「そうよぉ、じゃ、水谷ちゃんはつれていくわねぇ」
そうレーガンが言うと、またしても空間に亀裂が入り、その中にレーガンと水谷は入っていった。
「待て」
僕は追おうとするも、後ろからエイデンに邪魔をされ、間に合わない。
「チッ」
悔し紛れに忘却を放つ。こんどはバッチリかかったようで、水谷は僕を見てこう言った。
「あら?あんた成瀬だっけ?雑魚のクセに生き残ってたんだ?どうせ突っ立ってるだけでなにもしてないんでしょ?」
「……」
「ほら、そんなのに構ってないで行くわよぉ」
二人は消え去った。
「言葉も立ち方も戦い方も忘れたのに、よく邪魔が出来立たね」
僕はエイデンわ振り返った。だが何も反応出来ないようで、言葉にならない声で唸ることしかしない。
「じゃ、死ね」
鴉を振るい、エイデンを細切れにした。全てを忘れた者が、再生する事は無かった。
「これでお仕舞いだ」
僕は再び忘却を発動し、味方の記憶から、僕の働きを消した。今からスイゲツの格好をしておけば、スイゲツがやったと思うだろう。
「後は観客席か」
忘却によってへたり込んだ魔族達は、次々と人間の手によって捕獲されている。観客席にも忘却の影響は及んだが、人手が足りないだろう。
僕はここで斬られた腕を拾う。断面を繋げると、すんなりくっついた。実は僕も、斬られた部分があれば回復可能だ。
僕は狐面を被ると、観客席に向かった。




