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セルジュの正しい婚約破棄

本来の乙女ゲームの正しいセルジュルートの婚約破棄の話。


「このセルジュ・ニコラ・ラグランジェの名の下にグレース・デュラメル侯爵令嬢!お前との婚約を破棄してやるっ!!今まで俺の婚約者という地位をかさに着てやりたい放題していたがそれも今日これまでだ!!」


グレースは熱した赤銅色の瞳を瞬かせた。華やかというよりは淑やかな美しさと表現される顔は不快さに眉をひそめる仕草すらどことなく品を感じる。

そんなグレースを忌々しげに睨みつけるのは婚約者であるセルジュ第二王子だ。少し癖のあるが艶やかな金の髪に純度の高いサファイアの瞳にやや中性よりの華やかな面立ちは興奮しているからかやや頬を赤く染めている。姫でないことが誰というまでもなく惜しまれる美貌の目を怒らせて、セルジュはいまいち状況を把握できていない様子のグレースに指先を突き付けた。


「今まで俺のコレットにしてきた悪逆非道の数々、心当たりがないとは言わせないからな!」

「申し訳ございませんが、婚約の破棄の通知も受けていませんし、コレット様とやらがどちらのご令嬢なのかも存じ上げませんし、私の名に恥じるような行為をした覚えもございません。セルジュ殿下、いつも進言しておりますが、発言する前によくよく考えたうえで口から出すようになさいと言っておりますでしょう?そもそもこの場でそのような行為を行うにしても誰かに相談なさったのですか?軽はずみな行動はよくない結果を招くと常々申し上げておりますのに…」


駄々をこねる子供を諭すように、グレースは淡々と目の前で喚くセルジュに全否定をかました。自分の無能さを突き付けるように語るグレースになおのこと怒りを増したのか、セルジュは一種の威嚇のように声をさらに張り上げるように怒鳴った。


「言い訳などするな!あと僕を一々馬鹿にするのも大概にしろ!!今僕が話しているのはお前が今まで行ってきた悪逆非道極まりない行いについてジューダンしているんだぞ!!」

「言い訳ではなく、ただの事実です。それに馬鹿になどしていませんわ。まさかセルジュ様が四字熟語を知っているとは想像もしていなかったので驚いていただけです。あと、ジューダンではなく糾弾では?糾弾されるような心当たりも謂れもありませんが。…ところで、そちらの方が殿下の見つけた可愛らしい人ですか?」

「白々しいことを言うな!ぼくの知らないうちにどうせいつの間にかコレットのことも調べ上げていたんだろう!お前はいつもそうだ、僕の知らないところで重要なポストの人間と繋がっていて知らないうちに僕の手柄を横取りしていくんだ。今回もそうやってコレットを僕から奪うつもりか!今度という今度こそ許さないからな!!!」


ズビシィィッ!というような効果音が付きそうな感じで指を指されたのだが、これはどこから指摘すればいいのだろうか。むしろ指摘しなければだめなのだろうか。

グレースの徐々に隠すのも面倒だと言うような雰囲気も周囲に伝わりつつある。それもそうだ。そもそもセルジュ”殿下”という生き物が何らかの手柄を立てるなどということは天地がひっくり返っても無理な話で、今まで彼が人から褒められることがあるとすればあとはセルジュがサインをすればOKというような段階までグレースがおぜん立てしたものに限るのだから、その主張には無理がありすぎる。大体あったこともない令嬢をどう奪えと言うのか。

言い方としては失礼になるが、毒にも薬にもならないような家の嫡子でもない子弟の全てを挨拶の一つもされていないのに頭の中に存在をいられるほどグレースも暇ではないのだ。

厳正なる議会の話し合いを経ず、王妃の独断により定められた一方的な政略結婚かつ当人同士に歩み寄りの姿勢がないので愛などかけらもない。別にセルジュ殿下がどこでどんな令嬢とアバンチュールを愉しもうと好きにすればいいと思う。その場合は認知とかいうような問題になると面倒なので、適度なところまででお願いしたい。

どんどんグレースの中で話が逸れつつあるのを何とか戻して、グレースはため息を吐いた。


「腐ってはいてもセルジュ様は王位継承権第一位の王子でしょう。一々傍に寄るご令嬢の特定などしていてはきりがありません。国王は一夫多妻なのですから、気に入りのご令嬢の一人や二人、側妃に迎え入れられたらよろしいではないですか。その程度のことで一々目くじらを立てていられるほど、私は暇ではありませんの。

それに、悪逆非道などと根も葉もないことを言わないでくださいませ。私がいったい何をしたと言うのです?」


きっと最近になって『悪逆非道』という言葉を覚えて使いたくてたまらないのだろうな、とグレースは大体察しながらも、いわれのない罵倒に毎度のことながら疲労感が半端ないと肩に変な重みがかかったような気がしてきた。


そんなグレースの様子をなぜか悪役らしいふてぶてしい態度に見たらしいセルジュはなおのこといきり立ってその場で地団太を踏んだ。お前はいくつだ。


「コレットの私物を隠したり壊したり、学園の創立記念日の舞踏会で僕とコレットが躍るはずだったのに、無理矢理グレースが僕のパートナーにするようにしただろう!極めつけはコレットと僕の逢引を邪魔するためにコレットを使われていない空き部屋に閉じ込めたに違いない!!」

「憶測でものを言うのはやめなさいといつも陛下からも言われているでしょう…」

「ここで父上の名前を出すなんて卑怯だ!」


セルジュの発言からして、十中八九どころか十中九十は何の証拠もないただの言いがかりでしかないことが見て取れた。何という時間の無駄か。グレースはこめかみに手を当てながら改めてセルジュ発言を否定する。


「コレット様とお近づきになったこともありませんし、そもそも不本意であろうとも婚約者である私以外と踊っては陛下と王妃の不興を買うことになります。それに、人として恥ずべき行為をしたことは誓ってありません。それに、常日頃私が一人でいることがないことはご存じでしょう?いつ私にそんな暇があると言うのです」

「そ、それはお前の友人や知り合いに証言してもらえば…」

「一人二人ならまだしも、第三者からも見られるような場にほとんどいます。どこぞの殿下が公務を全く持ってしないので、代わりに私が代理で行っているので、複数人の官僚と侍女から証言が取れるはずですし、授業は公務に障りがない限りすべて出席しておりますし、放課後は相談室にこもっていますもの。無理です」


一人でいるのは自室にこもる時ぐらいで、常に人の目にさらされているという環境下におかれているグレースは冷めた目で一蹴した。誰のせいでこんなに忙しいと思っているのだと言わんばかりに。

とうとう取り繕うことすらもしなくなってきた婚約者の姿に冷や汗が流れる。


「コ、コレットのことがなかったとしても!僕の婚約者だからって次期王太子妃の名前を使ってやりたい放題しているじゃないか!!」

「私の名は『グレース・デュラメル』です。その名前だけで十分、私のしたいことを成すに足ります。殿下の婚約者という立場など、恐れ多くて使えませんわ」


そんな馬鹿王子(役立たず)の奥方予定なんて、進んで名乗りたいわけないだろうが。


そんな気持ちを込めて、グレースは先ほどからセルジュの後ろで小動物が如く小さく震えるピンク色の少女を見た。先行する学科が違うのだろう、グレースの記憶の中に彼女らしき人物の名前が上がることはなかった。

ただ、噂話の一つとして『コレット』という名の少女でグレースの網に引っ掛かったのは、『エモネ家の電波姫』と名高い夢見がちなご令嬢というぐらいである。

ピンク色の髪に少し長めの髪を左右で耳の高さで縛っている。ずいぶんと幼げな髪の結い方だと思うが、なるほど、年より少し幼い感じで『守ってあげたくなる』ような、可憐な、どちらかということもなく可愛らしいタイプのご令嬢だ。セルジュはこういう女の子がタイプだったのかと自分とは真逆なタイプのそれに妙な納得をしてしまった。


突然自分へとグレースの視線が向いたことに気づき、瞬間的にコレットは蛇に睨まれたカエルのごとく固まってしまった。別に悪意なんてかけらもなく見たのだけれども、なんとなく腑に落ちない気持ちになるグレースである。


「コレット様ですね。お初にお目にかかるかと思うのですが…初対面の方にこういうことを聞くのもどうかと思うのですけれども、私、コレット様に何かしましたか?申し訳ないのですが心当たりがありませんの。私の意図していないところで動いている可能性もありますので、教えていただけます?」


言葉としてはやや棘のある感じになってしまうので、できる限りゆったりと落ち着いた口調でグレースはコレットに問いかけた。化粧によってはきつめに見えてしまうこともある自分の顔に威圧されているとなれば傷つくし。

コレットはおずおずとセルジュの背後から前進して、そっと顔を下に向けたままグレースの問いに対して首を横に振った。

そんな様子のコレットを見てセルジュは不快感を露骨にグレースに向けた。


「お前が怖ろしくて言葉が出ないそうだ」

「勝手なことを言うのはいかがなものかと思いますわ、セルジュ殿下」


何としても悪役にしたいらしいセルジュをどうしてくれようかとグレースが頭の中で算段を立てていると、コレットはもう一度首を振ってセルジュの袖を引いた。


「グレース様は怖くないよ!そ、それにセル、私別にグレース様になにもされてない!!」

「え?…でも、この前、裏庭で怯えてただろう?グレース過疎の取り巻きに脅されたんじゃないのか?」

「え?そんな風に思ってたの?違うよ、あれは留まることを知らない私のヒロイン力に慄いていただけだよ?」


ヒロイン力って何だ。

グレースは反射的に口から飛び出そうになったそれを何とか飲み込んだ。

そんなグレースの様子など気にすることなく、コレットは不思議そうに首をかしげて見せた。

コレットのまねっこのようにセルジュも同じように首を傾げさせながら、やっぱり不思議そうにコレットに聞いた。


「前から気になってたんだけど、ヒロイン力って何?」

「ヒロインが持ちえる力です!ヒロインがヒロインたるための何かです!そう、たとえば料理をすれば爆発して黒い謎の物質にしかならなかったり、双子の兄弟がいれば瞬時に識別できたり、イケメンの幼馴染と学園で再開したり、道を歩けばロマンスに当たったり、友達ができれば学園の情報という情報を網羅して攻略対象の攻略状況を教えてもらったり、愛しい彼の下に行くためなら攻略対象を選択すればその場所に一瞬で移動したりできる力です。あと、場合によっては愛の力で世界を革命することもできます!」


どんな場合だ。


「へえ、僕にはよくわからないけど、なんかすごいってことはわかった」

「革命ですからね!あ、胸から剣とかは出せませんからね」


得意げに話すコレットと自分の前で見せることのないほのぼのとした顔で話す二人に先ほどまで自分を糾弾せしめんとしていたことなどすっかり忘れているようである。

…セルジュとこのコレット嬢の二人で成し遂げる世界の革命なんて絶望しかないと思うのだが、恋の病という思考能力皆無化が進んだ二人にとっては楽園の世界になるのかもしれない。そんな地獄絵図は是非とも回避させていただきたい。


………次期王太子候補筆頭と『仲良し』なご令嬢が革命とか、シャレにならなくない?


電波姫の発言であったとしても、彼女のその発言と思想は限りなく『マズイ』。

対外的には安定しているように見えるラグランジェ王国ではあるが、昨今の王妃の暴走が続いており、その基盤は揺らぎつつあるのだ。彼女が『電波姫』をセルジュに付けると決めたのなら、どうなる?あの国王が、今更それを止めることなどできるのだろうか?


グレースに怖気が走った。

身に覚えのない、”あらかじめ定められていた”ような、大きな濁流に無理矢理に投げ込まれそうになるような、そんな恐怖感がグレースの胸倉をつかんで「見つけた」と言わんばかりににったりと笑いかけた来た。


―――逃げなきゃ、ヤバイ


即時に本能的とも言えるそれに判断を下したグレースは、二人の世界に入りつつある彼らに敵意のない笑みを浮かべて話を止めた。


「申し訳ございません、それで、セルジュ様とコレット様はどうしたくて、私の下に来られたのでしょう?」


これ以上この場に居たくないと、結論のみを求める。

正体も解らないこの不安感から逃げたくても、そんなそぶりも見せずに、グレースは7つの頃から磨き上げた筋金入りの大きな猫をかぶって『グレース・デュラメル』らしい、淑女然とした笑みを浮かべて。

グレースに促されて、忘れていたというような顔を少しして、二人はグレースに向き合った。


「グレース、僕たちは愛し合っている恋人同士だ。政略結婚という愛のない生活なんて、もう考えられない。婚約破棄してくれ」

「ごめんなさい、グレース様。私、セルに婚約者がいたなんて知らなくて…。でも、本当に私はセルと一緒にいたいんです!セルのことが、大好きだから。セルとなら、どんなことでも乗り越えられるってわかるんです」

「わかりました婚約破棄を受け入れます」

「突然で、君にとっても不本意で受け入れられないと思うが。………え………。受け入れるのか?」


一応、少しぐらいは揉めると思っていたのだろうか?

少し拍子抜けしたようにセルジュはグレースの言葉を復唱したので、グレースはそれを肯定した。


「私、グレース・デュラメル侯爵令嬢は、セルジュ・ニコラ・ラグランジェ様との婚約破棄を受け入れます。早急に、手続きに入れるよう、速やかにセルジュ様は国王陛下ご夫妻にお話を。私の方でも、一刻も早くセルジュ様とコレット様が結ばれるよう手を打たせていただきます。それでは、私もこの後色々と用事が立て込んでおりますので、失礼いたします」


一息でグレースは言い切ると、一礼してその場から足早に去って行った。

それを二人は呆然と見送った。


グレースの姿が見えなくなって、コレットはじわじわと湧き上がってくる感情に歓喜した。


「や、…ッたーーーーー!セルジュルート確定!しかもハッピーエンドな正妃ルート突入しましたーーーーーー!!」

「え?そうなのか?ルート?とかよくわからないけど、グレースとの婚約が亡くなったのなら、そうだよな、うん」

「うん!まだまだ大変なこととかいっぱいあるけど、でもね、全部終わったりあとはセルと幸せに暮らしました、ってエンドが待ってるよ!えへへ、嬉しいなぁ。セルのこと大好きだから、セルのこと独り占めできるってやっぱりすごく幸せ!」

「…っ!?ぼ、僕もコレットのこと大好きだからな!絶対、幸せにしてみせるからな!!」

「うん!」





そんな二人の様子など、気にする余裕もないグレースは、どこからともなく追い立てられるように寮の部屋へと駆けて行く。

すぐさま実家に帰るべく、最低限の荷物を詰めて、向かわなければならない。


「行かなきゃ。逃げなきゃ?やらなきゃならないの。何を?私は……」


グレースの脳裏に一瞬、胸が詰まるような紺瑠璃が散った。

何のことかすぐに思い出すことができないそれに、もう間もなく逢って連れ去られるのだ。

そしてこの国を去って、私は彼らを。



だって、そ う 決 ま っ て い る の だ か ら







転生ヒロインvs転生悪役令嬢になるという話。

乙女ゲームほどの悪辣さのないグレースがなんとか身を守るために、あらゆる手管を使って生国を滅ぼすまで。


グレースは元々連載予定版はこっちの色味の方が強い予定だったのです…。

色々落ち着いたり気が乗ったら色々抜けてたり足りなかったらおかしなところを訂正する意味も込めてちゃんと連載版を挙げたいなぁ…。

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