世界の外側ー『神域』ー
【邪神】そう呼ばれるようになった男は、木造建築で出来た和風の家で寝転がっていた。
男は感慨にふける。こんなに久々に自分が住んでいた家にそっくりな雰囲気の場所でのんびり出きるとは思っていなかった。
両手をまくらにして吹き抜けの天井を眺める目は彼を【邪神】と思わせないほど穏やかだった。
いつまでも見つめる天井......
身動きすると畳の独特の臭いが仄かに鼻をくすぐる。
ふと、何を思ったのか男は手を天井に向けていた。
「ああ......あの世界はやはり底が知れんな。」
男の口元には笑みが張り付き、穏やかだった彼の目に狂気を宿し始める。
「ふっ、フェレスタ......私を召喚したことに感謝する。諦めていた復讐を果たす機会を与えてくれるとは。」
フェレスタ......それは今から遥か昔、国という形が無くなりかけていた時に男を【異世界転移召喚】で呼び出した暴君の名前だった。正式には、『フェレスタ・フルフエル・ウェーカ』。
魔族に呼び出された【魔王】を倒すために1万人もの犠牲をしいて行われた召喚儀式で民を騙し、男の礎にした王女だった。
当時のことを懐かしむように思い出す男は『ふっ』と短く声に出して笑ってしまった。
「まさか、『あの程度』が魔王などと笑わせる。八つ当たりもできなかったな。」
昔思い返す、いまの緩やかな時間の中で唯一の娯楽だろう。
【勇者召喚】それが行われてすぐに城へと移された。
城での定番のやり取りをすんなり受け入れた男にフェレスタはホッとしたのだろう。
しかし、男の中ではもはや、ここが何処だろうと関係はなく、刹那に殺されたことを受け入れ、叶わぬだろうが復讐も誓い、生まれ変り若返った自分の身の振り方と、自分の血族を残していくことしか頭にはなかった。
召喚された男はフェレスタの説明を聞き流しつつ、男にとって必要なことだけを頭に入れていった。
1。フェレスタの願いは【魔王】一人の討伐だろう。
2。ここでは存分に力を使うことが出きる。
3。転生の際に強力な能力を貰った筈。
4。倒した暁には望みを一つ『絶対に』叶えてくれる。
5。旅の友をつけよう。
この5つだった。
しかし、この男見たなりは20代そこそこだがこの世界では少数の部類に入る黒髪。
そして中身は30そこそこだが、見た目が若いために、若いながら冷静に考えることが出きる人物と見えるためにきっと【魔王】を倒した暁に叶える夢も常識の範囲だろうと周りの者達は思っていたのだろう。
話を終えた男は『そうか.....【魔王】とは強者か。』そう頷くと【魔王】が住むと言われる巨大な浮遊城に向かって歩き出していったのだ。
何故か城の者に止められる男は不思議に思いながら考えを言った。
「なんだ、緊急の用件なのだろう?即刻排除するべきだ。」
感情の起伏も乏しく受け答えする【勇者】にさすがの王女も焦りを覚えたことだろう。
しかし、止めることは叶わなかった。
「仲間の準備ができておりません!」
「いらん。仲間など足手まといにしかならん。捨てゴマなら使い道があるがそんな奴など私の部下にしかいないだろう。」
王女は彼はどんな世界に住んでいるのか畏縮してしまうが、文化の違いと結論付ける。
まぁ、男の言ったことは男の『家』が特別だからで、世界がそうと決めつけるのも間違いだ。
「【魔王】を倒す強力な能力があるはずです!使うためには訓練しないと!?」
「バカか?いやすまん、言い過ぎた召喚主よ、訓練など甘いことをしてる内に被害が出たらどうする?そもそも、期間は?それが終わっても【魔王】に通じる保証は?」
唖然とする王女はなんとか言葉を紡ぐ。
「では、どう、すると?」
「そんな紛い物など要らん、オレはオレの流派がある。」
訳が分からず混乱しそうになるが、王女も1万人を生け贄に捧げた狂人であることは変わらないだろう。いや、王女も理解はしていたのだ、しかし、罵られようとも1万の犠牲でこの国や近隣の村合わせて150万人が【魔王】という驚異から助かるのなら安いことだと思ったのだ。故の行動であり、もはや彼の成功以外に道はない。その彼が自信満々に言うのだから.......きっとそうなのだろうと思っていた筈だ。
「せめてこの『移動結晶』をお使いください。転移場所は【魔王城】の前です。」
「そうか、ではすぐ戻る。」
「え?す、ぐ。」
いま、民にすら恐れられている暴君だとしても男が言ったことは意味不明だ。
今までその【魔王】に挑んで生きて帰る【勇者】はいなかったのに。
唖然として数秒過ぎたとき。目の前の足元から魔方陣が出来てそこからあの男が帰ってきたのだ。
「終わったぞ.......こんなのも倒せないのか?」
「......」
びちゃ、びちゃと滴る水の音。彼が運んできたのは、青い髪に細長い手足を持つ普通の女性のように見える。
静まり返る城内では、ゴクリと息を飲む音が聞こえた気がするほど無音だ。
王女はドサッと投げ出される青い髪の女性の特徴と記録媒体に保存されていた何かと見比べ本物だと分かると、声にならない声をあげて尻餅をつき遠ざかろうとする。誰から?当然......男からだった。
「では、願いは達成されたと見ていいな?しかし、つまらん、こいつは刹那の20分の1くらいの強さだろうな......奇術とは興味深かったが、気で防ぐことも簡単に避けることも可能だった。退屈な女だ。」
流暢に喋り出す男を無視して、王女は危険な男を野放しには出来ないと本能で分かった。
周りに城の5指にはいる戦士を影ながら待機させた。
男は【魔王】と会ったとき、長い髪から死ぬ寸前で見た、美しく黒い髪をなびかせる刹那を連想させ、様々な感情の中、攻撃を繰り出していくが、連想させる死神と目の前の【魔王】に遥かな差があることを感じとり、げんなりしていた。『ああ、相手にならん。ダメだこの女。』そう思われたが最後、胸に気を集中させた掌底を打ち出し、体内だけを破壊する奥義により絶命させて連れてきた。というわけだ。
王女は【魔王】がいなくなったことで平和が訪れると思っていたのに、新たな問題が浮上してきたのだ。
そう、この強すぎる男をどうすればいいのだろう。という問題が。
周りの国の形を保っている都市に牽制に使おうとしようにも男の機嫌を損ねたらに間違いなく殺させるのではないだろうか。
それゆえ、悩むことになっているがとりあえず、願いを聞くことにした。
拒否権なんて、【魔王】を瞬殺するこの男に唱えられるわけがない。
男は言った。
簡単に言った。
まるでどうなっても構わないとばかりに。
「ふむ、オレの願いはこの世界の種族の強さを知りたいが......構わないな?」
「種族の強さですか?」
王女はなんだそんなことかと簡単に了承してしまった。
王女の中では世界を廻り、文献を読んだりして見てまわることだろうと納得してしまったからだ。
「ええ、【召喚者】が【誓約】を立てましょう。」
「そうか?ありがたい。では遠慮なく。」
【誓約】それは絶対に守られるものであり、交わしたものは止めることは出来ないのだ。
男が視界から消え、柱に隠れていたこの国の5指の一人の前まで行き、虫でも払うように首を落とした。
「え?」
「きゃぁぁぁぁ。」
「なんだよなんだよ。」
「にげろおおおおおおお。」
その場で立ち尽くす王女は何が起きたのか分からない。頭が理解を拒んでいるのか......
ただ、絶叫をあげて城の中にいた使用人などの非戦闘員が慌てて逃げていく、その中で、頭上にボールのように生首がうち上がった。
「「「ヒィ!」」」
姫の横に転がった首は、城一番の剣格の男の首だった。
いつのまにか城内には、彼と、王女の二人だけになってしまった。彼に向かっていった勇敢な者達は死体になって転がっている。
「なんだ、逃げる腰抜けしかいないと思ったが王女は逃げんのか?」
「......わ、わたしは、なんてことを......」
「あぁ、気が触れただけか。」
男はドサりと床に腰を落とす王女を先程とは打って変わり、虫でも見るような見下した目を向ける。
隣を通りすぎようとしたとき両足にしがみつく王女の姿があったが、全然力が入っていなかった。
歯を食い縛り、必死に掴んでいる力は、悲しいかな10才程度の力加減だ。
「っ!行かせません!」
なぜ、それしか力が入っていないのか、それは王女自身の失態でもある。
【誓約】を交わしたため、約束を反故にする行動を起こすことが出来ないため、せいぜい、この程度しか力を加えられないのだ。
たとえ、【誓約】がなくても簡単に突破できる実力差は百も承知だが、これを招いた自分はこの段階の犠牲として1万人を殺しているのだ、そしていま、守った民すら失うかもしれないそんなことは許せない。些か自分勝手な考えだが、それもこれも彼女的には国を思ってやったことだろう。
「......一人でも.....多く。」
「おもしろい。気に入った。」
意識を落した彼女を転移石を使うことで、空中に浮かぶ元魔王城に持ち帰った。
そこからは、国中を震撼させ、後の未来まで語り継がれる出来事が起きたというわけだ。
人族に見切りをつけた彼は他の種族に目をつけたがコテンパンにのされ世界の深さを知ったと言うわけだ。
因みに暴君であり男を呼んだ元凶の王女フェレスタ・フルフエル・ウェーカは、伝承では逃げ延びてから元魔王城を再建し『フルエンク空中浮遊都市』とフルエンクの王族の原型になるのだが......王族の血に【邪神】といわれる男の血が混ざっていることを知っているものは、彼を封印した3人の世界樹つまり、植物精霊のみだ。
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「ふっ、はっはっは。しかし、まさかあの不肖息子が生まれ変わり、オレの封印を解いてくれるとはな。」
おかしいくらいに笑いに笑った。
男は体を起こし、封印から4000年たったこのユーレリーゼに具現するべく【神力】を構築していく。
【神力】を構築出来るようになったのは封印されてから3800年たった頃、つまり結構最近だ。
そこからは構築と検証を繰り返し自分に何が出来るのか調べていたのだ。
いまなら、神といわれるほどのことはある程度出来ると自負していた。
「アイツに頼まれた足止めだが、まさかオレを殺すことが出来る存在と【邪神】になったオレと同等の実力者がいるとはな......」
最後におもしろい。そう呟き、構築された【転移】の神術に入ろうとすると、世界が染まった。
「なに!?」
『やぁやぁ、始めましてかな?ボクもあの子を見てなかったら気が付かなかったけど、キミ元ボクの世界の子でしょ?』
「ほう、つまりはあの世界のなにもしない神代表というわけか。」
憎まれ口を叩く彼は気づかない、現れた10才くらいの見た目少年の神の実力との差が圧倒的だということを。
普通ならば【神域】と【神域】がぶつかったり、他の神が相手の【神域】に乗り込んだときその空間に異変を起こす、少年が保持する【神域】にユーレが訪れたとき空間が青く染まっていき抵抗するように元の色と混ざり合わせた水色になるものが出来てきたりする。
しかし、ここ【邪神】の【神域】で起きたことは次元を超えている。
【邪神】の【神域】はそこにあったものすべてが真っ白に染まり切ってしまっているのだ。
『あぁ.....うん、そうだね、はははっ。』
少年は怒ることもなく男と受け答えをしている。
男はあわよくばこの神と一戦交える気でいたが拍子抜けの顔をしていた。
しかし、実際交えたら存在を消されていただろう。
少年は彼に指をたてて言った。
『いいかい、新米君?神にもルールがあるんだよ?』
「......」
無言なのを話を聞いてくれると思った少年は告げた。
『神になったらその世界への介入にはその身を使ってはダメなんだよ、出来るなら使徒を用意するとかだけど、キミはまだ世界を持てるほど神力はないでしょ?』
「くだらん、なぜかって決められているルールとやらに従わなければならん。」
『あははっ、困ったな。まあ、そうなんだけど、でもそういうもんだと納得してほしかったんだ。無理かい?』
困ったように頬を掻く少年。
「ああ、指図は受けん。この身はもはや神の一角なのだからな。」
そういって未だに展開中の【転移陣】に進んでいく。
もはや用もないとばかりに真っ白に染まってしまった自らの【神域】にたつ少年を振り替えることもなく歩く。
ーそうかい?じゃぁ、がんばってみたら?ー
ん?なんか聞こえたが......気のせいか。
最後に耳にこう残った。
ーあの子に執着するユーレはキミを消す気でいるようだよ?ー
転移した先は、あの異世界ではなく。
青い海。
青い砂浜。
青い空。
雲などなく足元にきれいな波紋を作るほど波も少ない。
その空間の丁度真ん中に綺麗なグラスを口につける長身の出るところは出ている女性がいた。
彼女はグラスを置き、ただ一言【邪神】になった彼に告げる。
ー告げる。死んで今すぐ。ー
「なん!?」
その言葉を最後に下から水柱に飲まれた【邪神】は粒子になり消えていった。




