失恋した日
ローレンスと俺は同じだな。
女性を次々と渡り歩いて物のように捨てていく。
ローザの代わりを見つける為で、代わりになれる女性がいたら大事にするつもりだった。
一緒にいる時には、全員が本当にローザの代わりの運命の人だと思って接していたんだ。
いくら言い訳しても、自分勝手な行為だった事に変わりはない。
夜会に一緒に行って、ローザを見た途端に夢から覚めたように邪魔な女に見えて追い返してしまった女性……俺は、最低だった。
ローザをローレンスから救って、俺が幸せにすると決めた今は、後悔しかない。
ひたすら謝って許してもらうしかない。
ローザにローレンスと同じだと思われたくはない。
だから、俺はそれ専用に秘書を雇った。
19歳の若い女性で、女性に謝る時の事は男性秘書より詳しいだろう。
「今まで付き合いのある女性との関係を清算するために君を雇った。スケジュールの管理と渡すプレゼントの用意を頼む」
俺が言うと面食らっていた。
しかし有能で、すぐに女性のリストを作り出して、謝罪に行くのに最適な時間とプレゼントの内容を調べ出した。
真剣にリストと格闘している彼女の姿が魅力的に見えてゾッとした。
もし、ローザの代わりの女性を求めている時に、彼女に会っていたら……ローザの事を諦めていた。
俺は頭を振って妄想を振り払った。
俺は、ローザを救う。
彼女がたった一人の俺の運命の人だから——。
◆◇◆
私、エレンは、侯爵様から伺った秘書としての最初の仕事に耳を疑った。
今まで関係のあった女性に不実を謝って綺麗に精算したい?
記録がある女性だけで数十人いて、記録がない一夜限りの相手はもっといるらしい。
とにかく、分かっている人の謝罪を進めながら、過去のスケジュールを洗って、同じイベントに出席した女性で一夜限りの関係を持ちそうな人を探した。
侯爵様は毎週末に必ず夜会に出席されていて、必ず一夜限りの相手がいたようだった。
男爵令嬢なんかはそういう相手を探して、万が一にも玉の輿に乗れたらラッキーと思っているような人も多い。
前に秘書をしていた伯爵様のところには一夜限りの男爵令嬢がしつこく付きまとっていて、伯爵様も悪いと思ったが、最後の方は伯爵様に同情してしまった。
確か名前はマリーナ……見ると、ツテを頼って手に入れた過去の夜会の出席者の中にしっかり名前があった。
うーん、わざわざ謝りに行くなんて、苦労しそうだ。
そこをなんとかプレゼントや訪問のタイミングで円満に解決するようにするのが秘書の仕事だと、伯爵様から学んだ事だ。
それから、身分の高い女性の中にも一夜限りの遊びを好む人もいる。
“ローザ・ウィンザー公爵子息夫人”
夜会のリストに何度も登場する女性だ……いや、必ず登場する女性——。
彼女が一夜限りの相手を求める身分の高い女性?
うちの侯爵様と関係があるの?
私は聞いてみた。
「ローザ・ウィンザー公爵子息夫人も、ダリウス様の一夜限りのお相手ですか?」
何気なく聞いただけだったのに、侯爵様の顔が一瞬でこれ以上ないくらいに真っ赤になった。
「ロ、ローザが俺と……!」
あ、その反応で分かってしまった。
このローザ・ウィンザー公爵子息夫人が、ダリウス・ブラックウッド侯爵の本命の相手なのだ。
「か、彼女を侮辱するのはやめてくれ」
横を向いた侯爵様が、拗ねたように私に注意する。
年上の有能な侯爵様で、冷徹侯爵と呼ばれるくらいに冷静で表情が読めないと思っていたのに……可愛い……。
侯爵様は、ただローザ様に会いたくて毎週末に夜会に行って、夫の公爵様との仲のいい様子に打ちひしがれて、一夜限りの相手に癒しを求めた。
そんな様子が手にとるように分かってしまう。
ズキッと胸が痛む。
誰にも入り込む事が出来ない侯爵様のローザ様への愛。
この過去の女性たちへの謝罪も、きっとローザ様が関係している。
「ダリウス様、どう言うことなのか話してください。場合によっては謝罪のやり方を変える必要があるかもしれません」
侯爵様が少しだけ真剣な顔に戻る。
「どう言う事だ?」
「将来のローザ様との再婚を考えているのなら、誠実なだけではダメです。これ以上関わらなくて良かったと思わせないと、後でローザ様が嫌な思いをします。女性だからって、傷ついている人ばかりじゃないので、優しさを見せたら、まだ行けると思うしたたかな人もいますから」
「それは、冷徹侯爵とまた言われそうだな」
そうして、私は侯爵様の事情を、まだ言えない事を除いて、教えて貰った。
ローザ様と出会ってからの三年間と、これからの三年間をかけて公爵様からローザ様を救う計画がある事。
なんて重い男なんだろう……。
ローザ様への愛が重すぎて、私の心が震えた。
私も、こんな風に愛して貰いたい。
侯爵様——ダリウス様に、私を愛して欲しい!
自分で書いた女性のリストを見る。
これだけの女性と関係があった人が、私を見る事はない。
ダリウス様はローザ様だけを愛すると決めてしまったから!
私はダリウス様と馬車に乗っていた。
私が選んだ女性への謝罪の為のプレゼントを買って、そのまま直ぐにダリウス様が謝罪に行くからだ。
たまにこういうスケジュールになる日もある。
私の事を絶対に好きにならない人だけど、馬車の中で二人きりになれるだけで、満足だった。
店の前でダリウス様が先に降りた…っと思ったら、戻って来た。
真っ赤な顔をしている。
ダリウス様にこんな顔をさせる人は一人しかいない。
「ローザがいた……!」
そっと馬車の窓から外を見ると高貴な女性の集団がいた。
ここはランチが評判の店の近くだった。
私は、ローザ様の顔を見たくて馬車を一人降りた。
異彩を放つ美しい女性がいた。
ピンクゴールドの髪に青い瞳。
目立つ組み合わせなのに淡く落ち着いた色彩で、可愛らしさの化身みたいな女性だった。
黒髪碧眼のダリウス様が彼女を守るように横に立つと、彼女の愛らしさが引き立ち、ダリウス様の頼もしさも増す。
お互いの良さを引き立てる二人になるだろうと思えた。
私は涙を流した。
彼女がローザ様だ——。
圧倒的な美しさの前に私の少しだけ残っていた希望も打ち砕かれ。
完全に失恋した。
「どうしたの? 風のせいで目にゴミが入ったの? これ、使ってね。あなたにあげるから気にしないでね」
一瞬の隙に、彼女——ローザ様が、私の涙に白いハンカチを当て、女性の集団と共に去って行った。
声も可愛らしくて、妖精みたいだ——。
私は馬車に戻った。
「ローザ様にハンカチをいただきました」
「なんで!?」
私の涙の跡がついた白いハンカチをダリウス様の前に差し出す。
「目にゴミが入って泣いていたら、ローザ様がくれたんです」
「……ローザのハンカチ……」
ダリウス様は、ハンカチがガラスで出来ているかのようにそっと受け取る。
「匂いを嗅ぐとか、気持ち悪いんで、私の見てない所でして下さい」
「……!」
ダリウス様が驚いている。
でも、好きな人のハンカチを手に入れてやる事ってそれしかないような気がする。
私はダリウス様に何をさせたかったんだろう?
「特別手当くださいね」
「……ああ」
ダリウス様はこれ以上ないくらい大事なもののように、ローザ様のハンカチを胸ポケットにしまう。
私の涙と一緒に——。




