壊してでも愛すると決めた日
俺、ダリウス・ブラックウッド侯爵の執務室に、秘書のエレンが飛び込んできた。
「た、大変です! ローザ様がローレンス・ウィンザー公爵と離縁されて、ご実家のアシュフォード伯爵家にお戻りになられました!」
「なんだって!?」
ローザが、離縁した……!
「ロ、ローザが自分から、離縁したなら……いいが……」
なんであれローザがローレンスと離縁したのなら、これ以上に嬉しい事はない……のに、俺が救うつもりだったから動揺していた。
二年前から、公爵の領地の経営状態を調べ、より儲かるように取引を持ちかけて、十分に儲けさせた後で手を引く。
俺の力無しでは領地運営が出来なくなった頃に手を引いて、泣きついて来たところを乗っ取る計画だった。
そのための仕掛けは十分に施して、そろそろ手を引こうという時だったので驚いた。
秘書のエレンが優秀なおかげで、面白いくらいに計画が上手く進んで、三年より前に破滅させられそうだと思っていたのに……。
「ど、どこへ行くんですか? ダリウス様!?」
エレンが俺が焦って出て行く様子に驚く。
「ローザのところだ! グズグズしていると、他の男に先を越される!」
「待って下さい! 離縁した翌日ですよ! 会いに行く男なんていませんよ!」
「いないなら俺が一番最初になるだけだ!」
エレンが呆れている。
「分かりました。でも、ちゃんと着替えて下さい。ダリウス様が五年間も片想いしてたからといって、初めてローザ様にお会いするんですから、第一印象が肝心ですよ。他の準備は私がしますから」
初めて会う。
そうだ、ローザにとっては俺は、見知らぬ男なんだ。
そう思うと緊張した。
ちゃんと計画通りに進んでいれば、ローザに会うための服も仕立てたのに、今は、服がない。
しかし、一家総出で最高の服を選んで、俺を最高の状態にして、エレンや使用人たちが俺をローザの元に送り出した。
「誰?」
ローザの第一声はそれだった。
本当に俺を覚えていなかった。
「ダリウス・ブラックウッド!? あの冷徹侯爵の!?」
そう言ってから、しまったという顔をするローザ……可愛い……。
冷徹侯爵の噂だけはローザにも届いているようだった。
「ローザ・アシュフォード、俺と今すぐ結婚してくれ」
俺は言いたい事だけ言って、「明日も来ます」と馬車まで戻る。
ローザが俺の行動に戸惑っているのは分かったが、一生懸命に答えようとする姿が可愛すぎて、限界だった。
ずっと俺は理想化されたローザに片想いしていたんだ。
限界まで理想化したローザだったのに、まさか本人がそれを超えてくるとは。
やはり、何人の女性と過ごそうと、本当のローザを超える女性を思い浮かべることすら俺にはできなかった。
思わず抱きしめてしまいそうになるのを抑える為に、これ以上はローザのそばにいられなかった。
次の日はちゃんとプレゼントを持って行った。
「俺と結婚してくれる気にはなりましたか?」
「……いえ」
「明日、また来ます」
言いながらプレゼントを渡す。
ローザの手が俺に触れてどれだけ悶え苦しむ事になったか、彼女は知らない。
次の日には、昨日のプレゼントを返されるが、また手が触れて悶えた。
平静を装って、求婚だけはして、新しいプレゼントを置いて来たが、また手が触れた。
馬車の中で二度も手が触れてしまった事を反芻する。
五年間の一方的な片思いで、どれだけ拗らせていたのか、自分で思い知る。
ローザが結婚すると言ってくれるまで、俺から触れるのは控えよう。
毎日求婚しに来るだけで異常行動なんだから。
ただ、会ってローザが俺を見て話してくれるだけで幸せすぎた。
プレゼントを受け取ってくれて、俺が選んだドレスを着てくれた。
一緒に出掛けたいと言ってくれて、窓から俺を見ていて、カフェに行って、俺の腕に手を置いて、俺の言い訳を聞いてくれて、俺の育った農村の祭り楽しんでくれて、俺の生い立ちを知ってくれた。
ローザの瞳が俺を好きだと言っていた。
——でも、ローザの傷が深い事も分かった。
特に気になったのは、農村で、秘書のエレンを見て顔色が変わった事だ。
カフェで俺と昔、関係のあった女性と鉢合わせした時もローザは落ち込んでいたけど、エレンと会った後は落ち込むのとも違う。
エレンの事は、まるで俺が彼女と付き合う事が当然の様な反応をする。
エレンの事はなんとも思っていないのに……俺に、やましい事は何一つないのに……。
エレンを雇った最初の頃に、一度だけ、エレンに惹かれそうになってゾッとした事を思い出す。
だから、ローザが『必要ない』と言うのにエレンを秘書から外した。
「私はダリウス様にしたがうだけですけど、ローザ様はおかしいです。私なんて、ローザ様の半分も魅力がないのに……」
「俺にとってはそうだが、エレンの方が好きだという男だってたくさんいるさ。容姿が美しいからといって、必ず美しい方が愛されるわけじゃ……ない……」
言いながら気付く、でも、ローザにとっては容姿の美しさで愛されるのは当然のことだったんだ。
小さな頃から、男どもにモテて来たのは知ってる。
勘違いするのも分かるし、勘違いではなく、大半の男には一生手の届かない存在として崇められているだろう。
それを、ローレンスが打ち砕いた。
必ず愛されると思ったのに、必ず愛してくれるはずの夫に裏切られたんだ。
ローザの絶望は深いのだろう。
でも、ここまで俺の気持ちが通じないのか——。
どれだけローザを傷つけないように見守っても、ローザはずっとローレンスにつけられた傷を持ち続けている。
ローザは俺の事を好きなはずなのに、まだローレンスの方を見ている。
——五年前の、
ローレンスにキスされて赤くなっているローザ。
五年間、繰り返し繰り返し、見続けた光景。
今も、ずっとローザはあのまま、ローレンスの言った事が全てのままだ……!
でも、俺がここで嫉妬に狂えば、ローレンスが優越感に笑うだけだ。
俺はまた、ローザを見守って待つだけだった。
夜会で、ローレンスに会ってしまう。
ローレンスを破滅させる計画が裏で作動中の俺は、ローレンスの暴言をただ聞いているのみだった。
その俺の態度で、ローザは怒って、知り合いの馬車に乗って俺とは別に帰ってしまう。
「ローザ……」
君が帰って、俺の胸は痛んだ。
君が未だにローレンスの言葉に傷ついてしまう事が、俺には辛かった。
ローレンスの言った事は、君を見下してる様でいて、実態は君に甘えてるだけだ。
『僕のお下がりの妻を君(男)が欲しがるのも分かるさ。僕にはもう関係ない女だから、好きにすればいい』
離縁した後まで、君をもの扱いで、他の男から優越感を得ようとしてるだけの、虚しい男だ。
君の為に、そう反論しなかった俺も悪いけど、ローレンスの事なんて気にせずに、俺だけを見つめてくれていてもいいんだ。
それだけの時間をローザと俺は過ごしたのに、ずっと君はローレンスにつけられた傷ばかり見ている。
今も君の心はローレンスの妻をやめられていない——。
だから、俺は君に怒りが湧いた。
もう君の気持ちなんて知らない、君が壊れてもいいから俺の気持ちを刻みつけたい。




