忘れようとするのを辞めた日
彼女を忘れる為に狂ったように女性を求めた。
知り合った女性は全てデートに誘った。
約束している間は、その女性こそが彼女の代わりになってくれる人に違いないと信じた。
そうすれば、今の彼女が何をしているのか気にしなくて済む。
でも、目をつぶればいつでも俺は見た彼女の瞳を思い出せたし、それと一緒に夫にキスされて赤くなって幸せそうに笑う彼女の姿も思い浮かんだ。
デートの約束だけで、この苦しさがなくなる事はなかった。
一緒にいる女性が彼女の代わりにならないと気づく瞬間の辛さと惨めさは何度体験しても消えなかった。
会って直ぐにベッドに行きたがる女性も多かったが、そういう女性は違うと分かった時に嫌悪感を覚える。
一瞬でも彼女の代わりを求めてしまうなんて。
それでも、次こそは彼女に代わる運命の人かもしれないという期待は消せなかった。
いくら探して彼女に代わる人はいないから、本当に誰もがこの人かもしれないと思えた。
ただ、全ては、誰にも彼女と同じような魅力を感じる事が出来ない、俺が悪いんだ。
夜会には一度は女性と行ってみたが、そこにローザがローレンスと来ていた。
見るのも辛いが、ずっとローザを目で追っている。
そんな時に一緒に来ている女性は邪魔だった。
その場で帰るように言うと泣き出した。
俺の元から、泣きながら怒って帰って行く女性の姿に、俺が冷徹だと噂されるようになる。
一度、噂が立つと、些細なことでも冷徹というイメージに合致すれば、噂を補強する材料になった。
いまだに侯爵家に残っていた、後妻の息のかかった使用人をクビにしたり、後妻と前侯爵の子供たち——俺の異母兄弟のわがままを許さない事が、冷徹だと言われ。
気にせずにいたらすっかり冷徹侯爵と呼ばれるようになっていた。
その間に一人で出掛ける夜会で見るローザの方にも変化があった。
あんなに夫にくっついて幸せそうにしていたのに、夫から離れて暗い顔をしている事が多くなった。
夫のローレンスの方は別の女性と楽しそうに笑い合っている。
見かねたのか、チャンスだと思ったのか、他の男がローザの声をかけてダンスを踊っている。
ローザも気を使われていると分かったらしく、精一杯に笑顔でいようとしているようだった。
夫のそばにいないローザはいつもと違う表情を見せてくれる。
他の知り合いと会えば、暗い顔を隠して笑って、他人に気を使われないように無理している。
健気で抱きしめたくなる。
でも、実際に抱きしめたのはローレンスだった。
帰り際にローレンスがローザに声をかけると、暗い顔がパッと消えて明るい笑顔になる。
ただ、まだ寂しそうで、ローレンスの顔色を伺う様子があった。
ローレンスは、ローザを抱きしめて、肩を抱いて歩き出すと、後ろの様子を伺った。
俺や他の男たちがローザがどんなに冷たくされてもローレンスについて行く様子に打ちひしがれていた。
ニヤリと満足そうに笑って歩いていくローレンス。
この時になって、俺はやっとローレンスがまともな男じゃない事に思い至った。
ローザをモノ扱いで自己顕示欲を満たす道具にしている——!
でも、だからといって何が出来る?
ローザはそんな奴を心底愛していて、夫がそばにいるだけで、誰にも見せない笑顔を作る。
ローレンスも理由はどうあれ、結局はローザの元に戻って夫として振る舞っているなら、俺に何が出来るんだ。
その後にも、夜会でローザが一人で寂しそうにしている事は何度もあった。
他の男はダンスを申し込んでいたが、俺はそんな軽いことは出来なかった。
彼女に触れたら最後、彼女が望んでいようと望んでいまいと、俺のものにするしかなくなるから。
ただ、遠くから見守っているしかなかった。
すでに、彼女に出会って三年が経っていた。
ある日、男性のみの会員制の社交クラブに誘われる。
侯爵を継いだ頃に紹介されて、行ったきりになっていた。
ローレンスと会って、ローザの自慢話でもしていたら耐えられないと思って、足が遠のいていた。
ただ、最近のローレンスのローザの扱いは目に余るものがあった。
日に日に暗くなっていくローザの表情に、俺の胸に彼女を手に入れられない痛み以外の痛みが加わっている。
俺が、夫婦仲を取り持とうなんてバカな話だ。
絶対に無理で、出来る訳がない!
……ただ、ローザが笑ってくれている方がいい。
ローザの為に、出来に事があるかもしれないと思って、彼女の夫のローレンスに近づこうと思った。
「この間は、しばらく伯爵令嬢のエレオノーラの所で過ごしたよ。彼女は絵画や美術品に詳しくて、有意義な話が出来たよ。ローザ? 屋敷で待っていて、僕が久しぶり帰ると喜んいたよ」
「そうですか、ローザ様は相変わらずお美しいんでしょうね」
「そうでもないさ。社交界にデビューしたばかりのシンシア嬢と過ごしたが、肌の瑞々しさも初々しさも、シンシアの方が上だったよ。ローザは僕にベタ惚れだから結婚してやって、今更捨てるわけにもいかないから夫としての役目は果たしてやらないといけないが、昔のようには楽しめないさ」
なんだ……これは。
ローレンスが、ローザを自分の自己顕示欲と優越感を満たす道具にしているのは分かっていた。
……分かっていたが、耐えられない。
取り巻きの男たちの中にローザを本気で好きだった男が何人も混じっていて、ローレンスの言葉に拳を握っている。
コイツらにも怒りが湧く。
隠しきれない、その嫉妬を露わにする態度こそが、ローレンスを調子に乗せてローザを不幸にしている事が、分からないわけじゃないだろう!
俺は、ローレンスに近づくのをやめた。
奴の優越感を刺激するのに、俺ほど相応しい人物はいないだろう。
社交クラブの隅に座って静かに本を読んだ。
何を言っているかまでは分からないが、ローレンスの不快な声がここまで届いてくる。
開いた本の文字は一文字も追えなかった。
俺をサロンに誘った男が、変装して声をかけて来た。
本来の金髪を隠して、地味な黒髪になっている。
かえって不自然な気がしたが、ローレンスたちのゲスで華やかな話に気を取られて、誰もこの男の不自然さには気付かない。
「楽しいところだろう?」
俺は不機嫌を隠さずに言う。
「こんな場所に通うなんて、君の人間性を疑う。ただ、誘ってもらって良かった。ローザの置かれた状況がよく分かった。ただ。知っていたなら、もっと早く教えてくれても良かっただろう」
「それは、ローザの気持ちはまだローレンスにあるんだ、早く教えた所で、焦って動いた君が永遠に彼女を失うだけだった」
ローザがローレンスを嫌っていてくれたのなら、俺だって三年も待たなかった。
ローザは今でもローレンスを愛している。
「俺をここに誘ったと言うことは、何かあるのか?」
俺が、さっきより更に声を小さくして聞く。
男がうなづく。
「ウィンザー公爵が交代する。新しいウィンザー公爵はローレンスになる。表向きは現公爵が引退するからだが、実際には不正があった事を隠す為なんだ。公爵家と言ってもウィンザー公爵家はそれほど盤石ではないんだ。新公爵に交代したタイミングで仕掛ければ失脚させる事もできるだろう」
男も小声で真剣な顔をする。
「俺が王位を継ぐ頃には、不正をするような公爵ではなく、信用できる公爵がいて欲しいんだ」
「俺は、侯爵にだってなりたくなかったんだ。領民が困っていて、侯爵家に生まれたから継いだだけだ」
でも、それでローザを救えるなら。
俺は男——王太子にローレンスを三年以内に失脚させると約束する。




