潰れるほどの愛
屋敷に戻ってすぐに、お父様には、ダリウスとは結婚しないと伝えた。
代わりに、伯爵家にとってダリウスのブラックウッド侯爵家と同じくらい有益な家の方と結婚します伝える。
誰か、私を最初から愛さない人で、でも、誠実で、事務的に家族になれる人。
この条件で、お父様に正式に探して貰う事にした。
ダリウスはそれからも毎日来たけど、私は会わなかった。
ダリウスとローレンスとの事はいいの。
取引がある相手なら、すぐに怒って反論するのも、後々の事を考えたら賢くない。
私はその場では傷ついたけど、ダリウスが事情を説明してくれたら、仕方なかったって思えるから。
問題は私の自信の無さだ。
5年間。
ローレンスの事を信じて、いつか、また愛されるようになると思って耐えてしまった。
ただ傷を深くしただけで、本当に信じなければいけない人——ダリウスまで信じられなくなってしまった。
これ以上、一緒に居てもただお互いの傷を大きくするだけだから、離れるしかない。
ダリウスには、まだ運命の人がいるもの。
運命の人すら信用できなくなった私と一緒にいる事はないの——。
随分前にカフェで会った、伯爵夫人のリリアが尋ねて来る。
私は、ダリウスには会っていないけど、リリアは部屋に通して、お茶を出した。
「すごいプレゼントね」
ダリウスが毎日置いていくプレゼントの山を見て驚いている。
会いに来ないでと言っても来るし、今更ダリウスにプレゼントを返そうなんて思ってない。
早く相手を見つけて再婚するだけ。
「連絡するって言ったのに遅くなってごめんなさい」
リリアが謝るけど、大きくなったお腹を見れば、会いに来てくれただけで嬉しかった。
侍女には妊婦さんでも飲めるお茶やお菓子を頼んである。
「この間のカフェでは、みんなの態度が悪くてごめんなさいね。本当はみんな、アリーナがダリウス侯爵に執着しすぎているとは思っていたのよ。ただ、あの場では言えなくて……」
そういう事はよくあると思う。
「ダリウス侯爵は2年前にすっかり女性関係を清算しているのよ。殆どの女性が誠実に謝って貰って、納得できなくても納得せざるを得ない状況に追い込まれたのよ」
「そうだったの?」
納得せざるを得ない状況に追い込まれるって……。
「その時から、噂になってたのよ。冷徹侯爵には熱烈に愛する女性がいるって。それが、あなただったのね、ローザ」
改めて言われると、すごい事のような気がする。
噂になってしまうような人の好きな人だったなんて。
「社交界の花と言われて男性たちを独占していたあなたが、実情はともかく公爵様に熱烈にプロポーズされて結婚して、次は、話題の侯爵様に毎日求婚されているんだもの、マリーナじゃなくても嫉妬するわよ」
「社交界の花って!? 私ってそんな風に思われてたの?」
前世と違ってモテモテで嬉しいなとしか思ってなかった。
貴族令嬢ならみんなこれくらいモテるものだと……。
「あなたが侯爵様に会ってないって聞いて、私達のカフェでの態度のせいもあるのかもしれないと思ったの。マリーナにはみんなそれとなくいい加減に諦めなさいって言ってるし、みんな本当はあなたの話を聞きたがってるから、また、お茶会をしましょう」
そう言ってリリアは帰って行った。
私の問題はそこじゃないんだけど、リリアの話で気持ちが少し晴れた。
他の男性と結婚したら、私も、またお茶会を開きたい。
でも一向に、私の相手は見つからない。
「お父様、誰でも良いんです。まだ私と結婚してくださる方は見つからないの?」
お父様がため息をつく。
「ローザ、私の娘を愛さない男を探すのは困難でね。侯爵様にも探さないように言われていて……」
「ダリウスが邪魔してるの!?」
そういえば、私の求婚者が来ないように毎日求婚に来るって言っていたし……。
カフェで会ったリリアのお腹が大きくなる間分の時間をダリウスに邪魔られてる……。
私、このまま、おばあちゃんになってしまうかもしれない……!
私は侯爵邸を直接訪ねた。
ダリウスに直接、私の結婚を邪魔しないように言うつもりだ。
あなたのもう一人の運命の人の元秘書さんだって、あなたがハッキリしないと、私と一緒におばあちゃんになっちゃうわ。
「あ、ローザ様、お久しぶりです!」
侯爵邸を訪ねたら、元秘書さんが出迎えてくれた。
「あ、すみません! ローザ様が私がダリウス様のそばに居るのが気に入らなくて、秘書を辞めさせられたのに、ダリウス様の御自宅にいたりして……!」
いや、自宅にいるのはなんでなのと思うけど、私が辞めさせてないし!
私はダリウスに辞めさせなくていいって言ったし、あなたはダリウスの運命の人だから自宅にいてもいいし!!
そう思うのに、胸がズキズキ痛む。
やっぱり、ダリウスは私より元秘書さんを選んだんだ——。
けど、ちょっと違和感がある。
元秘書さんが掴んでいる腕は誰のもの?
「こっちが今の秘書です。私は引き継ぎで色々と教えているだけなんです!」
元秘書さんの隣には背の高いメガネをかけたいかにも秘書風の有能そうな男性がいた。
「……この人が、ダリウスが、私が嫉妬するくらい仲良くなりたい新しい秘書のギル?」
「え! ダリウス様がギルと仲良くなって、ローザ様を嫉妬させたい!? なんで!?」
「なんで!?」
なんででしょう……?
それにしても、秘書の仕事の引き継ぎに、こんなに身体を密着させる必要があるんでしょうか?
「もしかして、お二人は付き合っているの?」
「はい、婚約したんです」
元秘書さんが答えて、ギルと幸せそうに見つめあってる。
私の存在が二人から消えたみたい。
元秘書さんは間違いなくダリウスの運命の相手だったのに、ぐずぐずしてるから、もう一人の運命の相手に取られてしまったじゃない……。
おばあちゃんになっちゃうのは私だけだったみたい。
「ローザ!」
ダリウスが降りて来る。
「やっと来たのか」
怒りに満ちた声だ。
「やっとって……? きゃ!?」
私はダリウスに抱えられて、すぐ側の部屋に入れられる。
ダリウスは、私をソファに降ろすと潰れるくらいの重さで私をソファの上に押し倒す。
「君のお父さんの伯爵からは、君が自分で俺に会いに来たら、後は好きにして良いと許可は取ってある」
あ、会いに来たんじゃない!
抗議しに来たの!
言いたいのに、く、苦しくて言えない。
「俺がどれだけ、君を抱きたかったと思ってるんだ! どれだけ我慢して、君の気持ちを尊重しようとしたと思ってるんだ! 俺の気持ちを振り回すばかりで、君は自分だけは傷つかないようにしてる」
だって、あなたには運命の人がいたから!
「俺がこんなに愛してるのに、結局、君は俺をローレンスと同じにしか見ない! 他の女性で君が手に入らない隙間を埋めようとした事は間違いだった! 後悔して、君にアイツと同じように見られたくなくて、全員に謝ったのに、それでも、君は許してくれないのか!?」
そ、それは、怒ってないけど……ローレンスと同じだとは思っていた。
ダリウスは、本当に、全然違って、私のせいでおかしくなってたの?
「で、でも……」
ギュウとダリウスが、もっと体重をかけて来る。
大事な事を聞こうとしてるのに!
「聞かない! ローザの言う事は聞く必要なんてない! 君は自分で自分を不幸にしてるだけだから、俺の好きなようにして、ローザのことは俺が勝手に幸せにする!」
そんなこと……。
ギュッとダリウスの重さで潰されて、苦しすぎて、何も考えられない。
ただ、重くて——、
——幸せで——。
ギュ……
私はダリウスの背中に手を回していた。
ビクッとダリウスの身体が跳ねて、身体が軽くなる。
「……勝手に幸せにするって言ったのに、ダリウスが私を潰すのやめた……!」
「ローザ……」
ダリウスがまたギュウゥゥッと私を潰す。
ダリウスの重い身体に押しつぶされて、重い愛を感じてる。
ダリウスが、私を絶対に離さないって信じられる。
安心して愛せる人——。
ダリウス、大好き!
私はダリウスの背中を力いっぱい抱きしめた。
お父様に許可された夜の開けた後。
私はダリウスに聞いた。
「元秘書さんの事は、好きじゃなかったの?」
どうしても気になっていた事を聞いた。
彼女はもう一人のダリウスの運命の人だから、ダリウスが彼女を選んでいたら、絶対に違う運命があった。
どうして、選ばなかったの?
「2年前に、君を俺が助けるって決めて、女性関係を清算したんだ。その後に、彼女を秘書にしたから、君以外の女性を好きになりたいとは考えていなかった」
「それって、私を選んだ後に、出会ったから好きにならなかったって事? 私に出会うより前に、出会っていたら好きになっていたの?」
ダリウスは少し考えた。
「人妻だった君を好きになったから、他の女性を好きになろうとしたんだ。彼女に先に会っても、好きになる事はなかったと思う。君だから、好きになったんだ——」
「——!」
そんな、私にだけ都合がいい事ってある?
でも、元夫のローレンスが運命の人なのに不誠実だったように、運命の人の二人にも色々な形があるのかもしれない。
とにかく、
「私を選んでくれてありがとう、ダリウス」
私は運命の人と結ばれた——。
そして、再婚した日に、元夫のローレンスの破産を知って、公爵の爵位がダリウスにこりがり込んで来た。
実はこれが、ダリウスが私を手に入れるために、私の離縁の二年前から仕掛けていたことだった。
「まさか、君が先に自分から離縁するとは思わなかったから、毎日求婚に行く事になったんだ」
「え? 私のせいなの!?」
「君が離縁してくれたから、楽しい時間が過ごせたよ」
私が離縁した翌日から、毎日求婚に来た夫が満足そうに笑った。




