冷徹侯爵のもう一人の運命の相手
私は今日もダリウスの馬車に乗っていた。
侯爵家の領地の農村でお祭りがあると言うので誘われたのだ。
領地まで行くなんて、婚約者みたいで結婚を承知したようなものじゃない!
でも、結局毎日会っているダリウスに誘われたら着いて行ってしまうわ。
私が馬車から降りる時にダリウスが手を貸してくれようとする。
でも、私は断ってドレスの裾を少しだけ摘んで飛び降りた。
ダリウスが今日の為に送ってくれた平民のドレスはとっても動きやすい。
「私、ずっとこのドレスでいたいわ」
「俺の領地に住むなら、君がどんな服装でも俺は構わないよ」
それじゃ、ダリウスと結婚しなきゃいけない。
何を話しても、そういう話になりそうだわ。
毎日、求婚しに来るくらいだから当たり前だけど。
「坊っちゃん!」
声がした方を見ると、農家の叔父さんが立っていた。
なんだかおめかししているようで、着慣れていないのが分かる服だった。
「坊っちゃんがお嫁さんを連れて来ると言うから、村のみんなで準備したんです。こちらです」
え!? お嫁さんって!?
「バルトか、まだ嫁じゃない」
ダリウスが否定してくれるけど、『まだ』だと、いつかはお嫁さんになるみたいじゃない!」
私はダリウスと一緒に、叔父さん——バルトについて行く。
村はお祭り仕様になっていて、店の前には露店が出て、美味しそうな果物やお菓子、串焼きなどが並んでいる。
色とりどりの果物のジュースにエールやワインが、可愛く並んで、食欲をさらにそそった。
素朴な手作りの雑貨の露店には、木彫りの小物や、刺繍の小物、ポプリが並んでいる。
一際賑やかなのは、輪投げや的当てで、子供たちが集まって騒いでいた。
そんなお祭りの中心の広場に、一際目立って可愛らしいテーブルと椅子があった。
色とりどりの素朴な花たちが集められて、妖精が座るテーブルみたいで……。
「どうぞ、坊っちゃん、ローザ様」
バルトに座るように促された。
みんなが見てる祭りの中心で……恥ずかしい。
「大袈裟だ、久しぶりに祭りを見たいと思って寄っただけだ」
ダリウスが文句を言っている。
「でも、ローザが花の中心に座っていると、妖精みたいで綺麗だ」
うっとりと見つめられる。
いつものダリウスだって褒めてくれるけど……今日のダリウスはもっと軽い気がする。
いつもの侯爵然とした服装じゃなくて、私と同じく村に馴染む格好をしてるから……普通の若者みたいな雰囲気がある。
これはこれで似合っる。
整った顔には、どんな服装も似合うのかもしれない。
「坊っちゃんが、5年ぶりに村に戻ってきたと思ったら、お嫁さんまで連れて来るなんて……女性に全く興味がないと思っていたのに……みんな、とても喜んでいますよ」
叔母さんが話かけて来る。
ダリウスはまた、『まだ』嫁じゃないと否定してる。
でも、女性に興味がないって……え?
「ダリウス……様、これ俺が作ったワインだ。お嫁さんと飲んでください」
「ダリウス……様、これはウチで取れた桃で作ったタルトよ。お嫁さんと食べて下さい」
若い男性と女性がワインとタルトを持ってきてくれた。
「ダリウス」って領主の侯爵を呼び捨てにしようとしてた気がするけど……。
「ダリウスってこの村の人と、すごく親しいの?」
私はワインとタルトを頂きながら聞く。
美味しい。
「……子供の頃、住んでたんだ。いや、学園に通うようになっても、休暇で帰って来るのはここだったから、5年前まで住んでいた場所だな」
「え? でも、領主の館はここから見えるのに……」
私は村の先の丘の上に小さく見える屋敷を見た。
村に住まなくても、あの場所からも村までは遠くない
「領主館には先代の侯爵——俺の父の後妻とその家族が住んでいたんだ」
「え? そうなの?」
じゃあ、ダリウスは家族から追い出されて……。
「俺が学園を卒業した18歳の7年前に父が病に倒れて亡くなるまで、いろいろあったんだ。後妻とその兄弟が好き勝手に侯爵家の財産を使い込んでいたから、破産寸前で、領民たちにも迷惑をかけた。5年前に父が亡くなった時に、後妻と兄弟を追い出して、異母兄弟たちを学生寮に入れて、やっと領地を立て直すめどがついたんだ」
そんな苦労していたんだ……でも、
「……ダリウスって今25歳なんだ……」
元夫のローレンスと同じ年だ。
「今頃、聞くのか?」
ダリウスは呆れて笑ってる。
「なんとなく、それくらいかなと思っていたけど、毎日求婚しに来る事が異常すぎて、気にしてる場合じゃなかったのよ!」
「確かにな」
ダリウスにも自覚があるみたい。
「それに、女性に興味が無かったって……」
女性関係が激しいって噂の冷徹侯爵様なのに……。
「村にいる間も学園にいる頃も全然興味がなかった。その後は侯爵家のゴタゴタで女性に興味を持つ暇がなかったし。やっと、落ち着いて、最初の夜会で、君に会ったんだ……。それで、特別、おかしくなったんだろうな」
私は一気に顔が真っ赤になった。
私のせいでたくさんの女性を傷つけてしまったのに、ダリウスが私のせいでおかしくなっていた事が嬉しい。
私が顔を押さえていると、小さな女の子が側にたって私を見ていた。
「ダメよ! ここは侯爵様とお嫁さんの席だから、座っちゃダメなの!」
お姉さんらしき女の子が来て、小さな女の子を引っ張っていく。
私はボーッとその様子を見守って、ハッとする。
妖精のテーブルだと思ったくらい可愛いテーブルと椅子だもの、女の子なら座ってみたいはず。
きっと「侯爵様とお嫁さんに席だ」って、怒られて座らせて貰えなかったんだ。
お嫁さんじゃないけど……。
私は立ち上がって、女の子たちをテーブルに座らせた。
ワインとタルトは食べ終わっていた。
「ダリウス、とっても素敵な席だったわ。子供たちにも座らせてあげてって、バルトさんに伝えて」
私とダリウスは二人で並んで村を歩いた。
「ローザは子供が好きなんだね」
「うん、ずっと欲しかったの……」
ローレンスと結婚している間、子供が居ればいいのにと思っていたし、前世でも……。
ただ、ダリウスにはそういう意味だけで伝わってなくて……。
含みのある笑顔を向けられて、ドキッとする。
求婚されてる相手に「子供が欲しかった」なんて言ったら、どう受け取られるか考えてなかった。
ドキドキする心臓で、ダリウスに触れるのが怖くて、離れて歩く。
ダリウスもあまり近付いて来なくて……。
ダリウスは私に、『俺との結婚を受け入れる時間が必要だと思う』と言っていて、完全に受け入れられるものと思って見られてる。
私は、完全にダリウスの事が好きだけど、やっぱり怖い。
ダリウスの故郷の村で、私は完全に受け入れられているのに……だからこそ、期待を裏切られる事が怖い。
侯爵領の村から眺める初夏の景色は緑に溢れて美しいのに、必ず秋になって枯れ葉になって、冬が来る——。
「ダリウス様!」
声に振り返る。
可愛らしい格好の村娘がやって来る。
「そろそろ、ローザ様をお送りしないと、伯爵邸に着くのが夜中になってしまいます」
「そうか」
ダリウスが短く返事する。
普通の村娘ではないような……。
「ダリウス様も、お屋敷に早く帰らないと、毎日求婚しに行っていたのに、一日お休みする事になりますよ」
ふふっと軽く笑う彼女。
「それは困るな。君も早く帰って、明日も頼む」
ダリウスも村人たちに向ける親しみとは別の親密さで接している。
「はい、ダリウス様」
そう言って、彼女は私にも誠実な笑顔を向けて、礼をする。
彼女は——。
私はダリウスと馬車に乗っていた。
もう少し村にいたかったけど、最後に会った秘書の女性が言う通り、家に着くのが遅くなってしまう。
きっとダリウスが私が来るからと、村で快適に過ごせるようにいろいろと秘書さんに頼んでいたんだ。
また、秘書さんには仕事以外で迷惑をかけてしまったわ。
でも、
「ダリウスの秘書って、女性だったのね……」
ダリウスは少し考える。
「……ヤキモチか?」
「ちがっ!?」
違うけど、違わないかも。
私は、黙った。
「ローザが嫌なら、秘書は男性にする」
ダリウスが言う。
「そ、そう言うことをして欲しいんじゃないの! クビにするなんて……!」
「別の場所で働いてもらうだけだ、彼女は優秀だから、クビにはできない」
ダリウスが笑う。
きっと、私を安心させる為の笑顔だと思うけど……胸がチクっと痛む。
女性に興味がないって言ってたのに、彼女は特別なんだ……。
それも当然で、彼女がダリウスの運命の人だから。
もしかしたら、私もダリウスの運命の人なのかもしれないけど、彼女も運命の人なんだ。
——この世界の人には、運命の人が2人いる。
私には前世の知識があるから、知っている。
私は、ずっとダリウスに愛され続ける自信なんてないのに、もう一人の運命の人まで側にいる。
やっぱり、私はダリウスとは結婚できない。




