カフェで冷徹侯爵の過去に出会う
侯爵様の馬車に乗って王都の中心地へ行く。
「人気になってるカフェがあるらしいんだ」
「ダリウス様もよく知らないの?」
「秘書が調べてくれた」
やっぱり、秘書さんには迷惑をかけてしまっている。
ローレンスと離婚すると決めてからは、私も王都の流行には疎くなってしまった。
その前までは、お友達と一緒に流行りの店には必ず行っていた。
出掛けることで、夫に愛されない公爵夫人としての辛さを紛らわしていた。
今、公爵夫人じゃなくなって、別の男性に連れられて人気のカフェに行くなんて、新鮮だった。
ただ、ダリウスが、愛がなくても夫婦でいられる人なのかを見極める為のデートなのが気にかかるけど。
それに、この事はダリウスには、話していない。
侍女に伝言を頼んだから、細かいニュアンスが伝わってなくて、私が本当にダリウスとデートしたくなったと思われていて……。
「どうぞ、ローザ……」
私の手を取って馬車から降ろしてくれるダリウスの表情が甘くて……完全に、誤解されてる。
いつものダリウスは求婚してくる時でも、もっと緊張感がある顔をしていたのに。
私の一挙手一投足を見逃さないような鋭さで、私の言葉を聞いていて、少しの好意を見逃さないようにして……って、どれだけ私の事を好きだったの!? ダリウスは?
それで、少しでも私の好意を見つけたら、こんなに蕩けるように甘い顔をしちゃって……!
私の方が恥ずかしくなる。
私が、ダリウスの腕に手を置いているのは、それがマナーだからで、深い意味はないのに……ダリウスはすごく嬉しそう……!
私が外に誘った本当の理由……この様子のダリウスには言えないかも。
伝える必要はないわよね?
素のダリウスを見極めないと意味がないし。
カフェに入ると知ってる顔があった。
お友達の夫人や令嬢たちだ。
「ローザ! 久しぶりね。ローレンス様と離縁されたと聞いたけど、大変だったでしょう。今度、お話し聞かせてね」
伯爵夫人のリリアが私を気遣ってくれる。
他の子達も挨拶してくれるけど、一人だけ不機嫌な子がいた。
男爵令嬢のマリーナで……思い出したけど、ダリウスと一夜を共にして忘れられないと言っていた子だ……。
私はダリウスの腕に置いていた手をパッと離した。
幸せな気分が急に暗くなる。
「ローザ……?」
ダリウスが不思議そうにして、私と話していた夫人たちに目をやる。
でも、ダリウスはマリーナに気づかないみたいだった。
あまりに一晩だけの関係を持った女性が多くて、誰かわからないなんて、ローレンスみたい……。
席に着いてデザートが運ばれてきたけど、私は暗い顔をしていた。
さっきのテーブルの子たちから、話し声がすると私の事を噂しているような気がした。
“ローレンスと別れて、また同じような男に引っ掛かってるローザ”
ズキズキと胸が痛む。
これに耐えられないと、愛されなかった時に夫婦でいるなんて無理だわ。
ズキズキ痛む胸を抑えて、ダリウスを見た。
「ローザ……」
ダリウスは、私が顔を上げた事にホッとしたように微笑んだ。
ただ、まだ悲しい瞳をしていて……私が不安にさせてしまっているのは分かるけど、ダリウスのせいでもある。
ザワザワと席を立つ音が聞こえてきたと思ったら、私の知り合いの夫人と令嬢たちが帰るところで、マリーナが私を睨んで店の外へ出て行った。
その他の子達もそれぞれ私と目を合わせなかったり、逆にじっともの珍しそうに見つめたり。
私に挨拶して帰る子はおらず、私の噂をしていたというのは私の被害妄想ではなく、事実だったのだろう
唯一、伯爵夫人のリリアだけが、「連絡するわ」と言って去っていく。
「俺の知り合いがいたんだな」
ダリウスが言う。
覚えてはいなくても心当たりはあるんだ。
「馬車の中で帰りに話そう」
ダリウスに言われて、うなづいたけど、デザートの味なんて全然しなかった。
「俺が5年前から2年前まで、狂ったように女性を求めていたのは本当だ」
馬車の中で、ダリウスが言う。
「……本当なんだ。さっきの女性たちの中に、あなたと関係があった子がいたのに、顔を見ても覚えていないのね」
皮肉で言ったつもりだったのに、
「ああ、覚えてない。3年間の間にも、何度も『私の事を覚えてる』と聞かれたけど、覚えていない」
悪びれずに肯定される。
「君以外の女性は見えていなかった」
「へ……? 会ったことなかったと思うけど……」
ダリウスが悲しい顔で笑う。
「君がローレンスしか、見ていないからだよ」
……昔、そんな頃もあったけど。
「そんなの私が結婚したばかりの、ほんの最初だけよ……」
「その瞬間に、俺は君に会ったんだ。絶対に俺のものにならない公爵夫人の君に——」
ダリウスが私を見つめる。
切ない表情で、まるで私がまだ結婚しているみたいに。
ダリウスの表情に、私の心臓が跳ね上がる。
こんな風に懇願するように求められたら、誰だって、身体を許してしまう。
「君の代わりを、たくさん女性に求めたけど、代わりは一人もいなかった」
5年前のダリウスは、私を忘れようと、こんな顔で毎晩、女性を抱いていたの……。
そして、朝になったら求めていた相手とは別人だと捨てられるんだもの、マリーナ男爵令嬢がダリウスと一緒にいる私を、何年経った後でも睨むくらいダリウスに執着してしまう気持ちが分かる気がする
——この世界の人には必ず運命の人が2人いる。
私は転生者だから、この世界の元々の乙女ゲームの設定を知っている。
でも、この世界の人は知らない。
俗説で言われていたりするけど、事実としては扱われない。
だけど、ダリウスは私以外にも運命の人がいるのを本能的に知っていて、私が手に入らない心の穴を求めて、女性たちの中から探そうとしていたのかもしれない……。
身体が熱くなる。
こんなふうに想われていたなんて恥ずかしい。
馬車の中で出来るだけダリウスから離れてギュッと身体を小さくする。
「ローザ、君には、俺との結婚を受け入れる時間が必要だと思う。俺は明日も君に会いに行くけど、無理に会わなくていい。俺が君に会いに行かないと、他の男が寄って来るから会いに行かないわけにはいかない。離縁したばかりの君に求婚するのは常識に外れてると思っていた男たちが、俺が振られてと見ればすぐに大挙して押し寄せて来るから」
「それだけなの?」
「え?」
私の問いにダリウスが戸惑う。
「ダリウスが、私に会いたくて、来てくれるんじゃないの?」
ダリウスの目を見て言うと、ダリウスの顔がみるみる赤く染まる。
私から目を逸らす。
「そうです」
小さな呟きがダリウスから聞こえてきた。
私はその様子に満足して微笑む。
でも、ダリウスとの結婚を受け入れられるかは別の問題があるわ。
マリーナやたくさんの女性たちを、私を想っていたからでも、傷つけたんだもの……。
針のむしろみたいなカフェの時間がずっと続くなら、愛がなくなってからも、夫婦でいられるのかと聞かれたら、無理だわ……。




