9.暗殺者
庭園まで含めると随分と広い敷地だとは思っていたが、ヴェルター家の敷地内には試合を行えるような稽古場まであった。
魔術や武器術の稽古にも使われるのだろう――的となるような人形がいくつか端に並んでいる。
リオはロットと少し距離を取るような形で対峙していた。
離れたところでは、フィーナが固唾を飲んで見守っている。
「リオ、頑張って……!」
両手を合わせて、そんな応援の言葉を口にした。
「――ハンデをくれてやろう」
そんな中、不意にロットが言い放った。
言うが早いか――ロットは剣を抜き放つと、その剣に魔力を帯びさせる。
バチバチと音を立てて、稲妻が走り――魔力を雷に変化させ、刀身に纏わせているのだ。
「これが俺の得意とする戦法だが……説明は必要か?」
「ううん、見れば分かる」
「ほう、見れば分かるか――まあ、見せても分からないようであれば戦う価値もないところだが」
(……この人は――魔剣士か)
魔術と剣術――いずれにも精通している者はそう呼ばれる。
ロットが使ったのは武器に魔術を付与する――付与術に該当するもの。
武器に何らかの属性を纏わせることができ、ロットが付与したのは雷の属性だ。
雷はその性質上――武器をぶつけ合うだけでも相手の身体を痺れさせるような効果を与えることができる。
近接戦闘において互いの武器をぶつけ合うことは当たり前のように行われることで――そこに優位性を見出せるのは確かな強みだ。
ハンデというのは――事前に自身が得意とする戦い方を見せておく、ということだろう。
その場でロットはさらに、まるで舞うように剣を振るった。
動きとしては確かに無駄はなく――洗練されている。
あくまでフィーナに対するアピールであり、決闘という場においては意味のない行為だが――ピタリ、とロットは動きを止めて言う。
「さあ、お前も構えろ。得物はなんだ?」
どこからでもかかってこい――そういった態度で、ロットは迎え撃つ姿勢を見せた。
ロットにとって、リオは挑戦者――そういうことなのだろう。
だから、リオは言われた通りに構えを取る。
わずかに腰を落として――拳を握るだけだ。
リオを除いて、その場にいた全員が驚きの表情を浮かべる。
「ちょ、ちょっとリオ!? 武器はないの!?」
慌てた様子でフィーナが問いかけてきた。
彼女の前で武器を使ったことはない――もちろん、リオも得意とする武器はある。
剣を持っている相手に対し――何も武器を持たずに戦うのは得策ではない。
それくらいのことは、誰にでも分かることだ。
だが、リオは視線をロットに向けたままに言い放つ。
「あれくらいなら、武器がなくても大丈夫」
それは自信ではなく、確信を持っていた。
「――はっ、武術家気取りか? 俺を『あれ』呼ばわりとは」
「武術家じゃない。あえて言うなら――暗殺者」
「暗殺……? ははっ、冗談のセンスはそこそこあるみたいだ。さて――そろそろ試合の開始を宣言してもらっても?」
ロットはアーノルドに視線を送った。
この試合の審判を務めるのはアーノルドだ。
「……危険だと判断すれば、すぐに止めるぞ」
「頼みますよ、怪我をさせるつもりはありませんが――事故はあり得ますからね」
ロットから感じられるのは殺気だった。
先ほどのリオの発言――挑発には十分な意味があった。
アーノルドが手を高く上げ、試合の開始を宣告する。
「これより、リオ・ルーエンとロット・アルダンの決闘を執り行う――始められよ」
「さて、まずは軽く遊んでやるか」
ロットはそう言って、リオに向かって駆け出そうとした――だが、すでに彼の視界の中にはリオの姿はない。
「……は?」
ピタリとロットの動きが止まった。
先ほどまで視界にいたはずのリオがいなくなれば動揺もするだろう――そして、次に受けたの顎への強烈な一撃。
リオが繰り出したのは掌底――すでにロットの懐に入り込み、右手から繰り出された掌底はロットの顎を捉えたのだ。
「――」
どれだけ身体を鍛えた強者であったとしても――脳を強く揺らされれば意識を失う。
フィーナを助けた時もそうだ――体格差はあったが、リオは的確に相手の意識を奪う打撃を繰り出せる。
バチバチと雷の迸る音が消え、ロットはその場に膝を突いた。
そして――項垂れたままに動かない。
「まさか……」
驚きの声を上げたのはアーノルドだ。
ロットが負けるとは微塵も思っていなかったのだろう。
「やった……? お父様! リオが勝ったよね!?」
フィーナは嬉しそうな様子を隠せない。
アーノルドは足早にロットの下へと駆け寄る。
脱力したまま動かないロットの様子を確認し、リオの方を見た。
「……こんなことが」
アーノルドの視線は鋭いもので――リオは思わず、視線を逸らした。
暗殺者などと口にしてしまったが、もしかするとアーノルドにも聞こえていたのだろうか。
「これでリオが護衛ってことでいいんだよね!?」
――そんな空気を変えてくれたのはフィーナだ。
リオと腕を組むようにして、必死にアピールしている。
リオはロットとの決闘に勝った――しかも、圧勝だ。
こんな結果になるとは想定もしていなかったのだろう。
フィーナの問いかけに対し、アーノルドはすぐに答えられなかったが――再びロットの方に視線を向ける。
意識を失ったままに、全く動かない彼を見て――アーノルドは小さく溜め息を吐く。
「……決闘を認めた以上は仕方のないことか」
「! お父様、ありがとうっ」
アーノルドも認めたことで、フィーナは嬉しそうだ。
さすがに決闘した上での結果だから、アーノルドも認めるしかなかったようだ。
ただ、アーノルドから向けられる視線はやはり――疑念は消えていないように見える。
(……まあ、娘が連れてきたと言っても、素性も分からない人間なら当然かな)
――リオとしても、アーノルドがそう考えるのは仕方ないと考えている。
素性くらいは裏で調査をされるかもしれない。
「表向きには、ヴェルター家がメイドとして雇い入れたことにする。常にフィーナの側に控え、護衛としての役割を果たしてもらうことになるが」
「……そもそも、護衛は今までいなかったの?」
「いなかったわけではない。ただ――今で以上に腕の立つ者が必要を傍に置く必要になった、それだけだ」
何やら意味深なことを言って、アーノルドは背を向けた。
離れたところで控えていた従者に合図を送ると――気絶したロットもどこかへと運ばれていく。
――今にして思えば、フィーナとの出会いはリオが誘拐されかけたところから始まっている。
もしかすると――腕の立つ護衛を用意するのは、そのことに関係しているのかもしれない。
(まあ、少なくともさっきの人よりは役に立てるとは思うけど)
リオからすれば――フィーナを襲った相手くらいなら、敵にはならない。
そして、護衛という仕事であれば――リオの能力を十分に生かせるだろう。
――何事もなければフィーナの側に控える世話係、といったところか。
(悪くない仕事だね)
リオは心の中でそう呟いた。
帝都に仕事を探しに来て――比較的、割のいい仕事を見つけられたのだから。
「さてと、改めて……」
アーノルドが去った後、フィーナがリオの前に立って、手を差し出した。
「これからよろしくね、リオ!」
屈託のない笑みを向けられ――リオはそれに対して随分と愛想のない表情を浮かべながら、
「……よろしく」
そう答えて、手を握り返した。
こうして――リオはフィーナのメイド兼護衛という座を奪い取ることに成功した。




