10.案内
――早速、リオのメイドとしての生活が始まった。
基本的にはヴェルター家の屋敷で暮らすことになり、広い敷地内には従者の暮らすための離れがある。
これだけ広い屋敷に土地を管理するともなれば、それなりの人員は必要となるだろう。
リオもその一員となるのだが――普通のメイドと違うところは、リオは護衛という立場にあるところだ。
メイドの仕事といえば、掃除や洗濯、給仕に主の身の回りの世話など――多岐に渡るだろう。
ただ、リオの仕事はあくまで護衛であり、メイドというのは仮の姿のようなもの。
――とはいえ、もっともフィーナの傍に控えている以上は、身の回りの世話くらいは任されることになる。
「では、屋敷の中を案内致しますね」
優しい声でそう言ったのは、初老のメイド長であった。
長くヴェルター家に仕えているようで、リオのことはすでに聞いているとのこと。
リオが護衛として雇われたことは――屋敷の中でも全ての人間が知っているわけではないらしいようだ。
そうなると、リオはいきなりヴェルター家の令嬢であるフィーナの身の回りの世話に抜擢されたメイド――ということになるのだが、その辺りは上手くアーノルドやメイド長が根回しをしてくれているようだ。
メイド長の案内に従って、そのまま後ろについていこうとすると、
「――私が案内するからっ」
そう言って姿を見せたのはフィーナだった。
慌てた様子で、着替えてきたのだろうが――髪の手入れなどはできておらず、後ろから慌てた様子でメイドが髪を梳かしている。
メイド長はそんなフィーナに優しい笑顔を浮かべて会釈をする。
「おはようございます、フィーナ様。今日は早起きでございますね」
「リオを案内するために早起きしたの」
「なるほど、そういうことでございましたか」
「だから、私に役目を譲ってくれる?」
「ええ、フィーナ様がそう仰るのであれば。リオさんもよろしいですか?」
ちらりと、メイド長がリオの方に視線を向けた。
一応、リオに選ぶ権利があるのか――そう思ったが、フィーナからのアピールがすごい。
ここで断ったらどうなるのだろう――そんな風にも思ったが、ここは素直に頷くことにした。
メイド長はまた微笑んで、フィーナに案内の役を譲る。
「では、フィーナ様にお任せて致します」
「ありがとう! それじゃあ――ついてきてっ!」
「あっ」
ついてきて――と言いつつ、フィーナはリオの手を掴んで走り出した。
初めて出会った時から何となく感じていた彼女の印象は――明るくマイペースといったところか。
あくまでリオから見たフィーナの印象であったが、どうやら間違ってはいないらしい。
走り出してすぐ、「屋敷の中を走ってはいけませんよ」とメイド長に言われて、フィーナは早歩きになったが。
「――ここが書斎ね。本がいっぱいあるわっ!」
「まあ、見れば分かります」
最初に連れて来られたのは、小さな図書館くらいの広さはありそうな書斎。
フィーナの説明がなくても、並べられた本の量は圧巻だった。
本の内容までは見ていないが――娯楽として楽しむような本はあまりないようようだ。
「フィーナもここで勉強するの――ですか?」
「んー、ここですることもあるかな? でも、自分の部屋の方が多いかも」
「まあ、広すぎって感じもするか……」
リオからすれば――広すぎて落ち着かないくらいだ。
どうやら家族の共有スペースであるようだが、並べられている本からして――アーノルドがよく利用しているのかもしれない。
「あ、でも魔術の本とかもあるから、そういう本はよく見るかな」
フィーナはそう言って、本棚を眺めつつ――一冊の本を取り出した。
「たとえばこの本とか、魔術の歴史とかについても書かれているの。リオは魔術に興味ある?」
「興味――特には」
「……そっか」
少しだけ、フィーナが落ち込んだように見えたが――すぐに明るさを取り戻すと、また別の部屋へと案内される。
「ここは浴室! 私も使うし、使用人も使える大浴槽があるのよ!」
浴室については、ヴェルター家の者だけが使う個別の物もあるが、使用人も全員が使える共有の物まであるという。
やはり、屋敷の広さもあって――このスペースも相当な広さがあった。
「リオはみんなとお風呂に入るのは平気?」
「まあ、苦手とかはないです」
「なら、今度一緒に入ろうね」
「……考えておきます」
「そこは頷いてくれないの!?」
まさか――フィーナから混浴の誘いがあるとは思わず、「是非に」と答えるような誘いでもない気がしてしまった。
次に案内されたのは食堂で――ここについてはヴェルター家や、招待された客が食事を摂る場所となっている。
使用人は離れに食堂があるため、基本的に食事は別々だ。
そもそも、扱っている食材が貴族とは違うので――その辺りはきちんと分けているのだろう。
それから客間といった――屋敷にある部屋の紹介を次々と受ける。
フィーナの説明を受けておおよその部屋の位置は把握できた。
確かに屋敷の広さには目を見張るものはあり、まさに大貴族の屋敷といった印象だ。
だが、元々――感情的にもリオが乏しいのもあって、反応はたいして大きいものではない。
そんなリオの反応もあってか、フィーナは一通りの紹介を終えると、
「あんまり楽しくない?」
そんな風に尋ねてきた。
少しだけ不安そうな表情を浮かべていて、リオは返答に困りつつも、素直に思うことを口にする。
「案内に楽しいとか、必要ないと思う――思います」
あくまで紹介を受けるだけの話。
だが、フィーナはどうにかリオを楽しませたいようで。
「でも、せっかく案内するなら楽しめた方がいいと思わない?」
「そういうものですか」
「今まで見た部屋で興味のある部屋はないの? 書斎だったら、見たい本を見てもいいようにするし」
「本はそこまで」
「なら、食事とか? せっかくなら好きな料理を作ってもらえるように頼むから!」
「大体、何でも食べるので苦手な物はないです」
「す、好き嫌いがないのは偉いね……」
フィーナの表情から察するには――彼女はおそらく、苦手なものがあるのだろう。
フィーナから色々問われても、返答はそっけないものになってしまう。
リオ自身――面白味のない人間だと自覚している。
――護衛という立場に、面白さなど求められても困ってしまうが。
それでもフィーナは諦められないようで、何やら考え込む仕草を見せた後――思いついたように言う。
「そうだ、見てほしいものがあるの」
「見てほしいもの?」
「この屋敷にいたら、嫌でも知ることになるだろうし」
フィーナは何やら意味深なことを口にした。




