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11.距離感

 そうして、連れて来られたのは――つい先日、リオとロットが決闘をした場所だった。

 あれからロットの姿は見ていない――もう、この屋敷にはいないのだろうか。

 この稽古場についても、屋敷の者であれば誰でも利用できるらしい。

 もっとも、従者の多くはここを利用することはなく、アーノルドもこうした稽古場に立つことはないとのことで、今はフィーナくらいしか利用者はいないようだ。

 先日行われた決闘も――かなりのレアケースとなるのだろう。

 つまり、ここは彼女にとって実質的に専用の場所ということになる。

 そんな場所で、フィーナがリオに見せたいものとは何なのか。


「ここで何を?」

「ふふっ、まあ見ててよ」


 含みのある笑みを浮かべながら、リオは構えた。

 すると、彼女から強い魔力の流れを感じる――どうやら、魔術を披露するつもりのようだ。

 目を瞑り、意識を集中させている――リオは今の時点で少し驚いていた。


(……これは)


 ――フィーナはかなりの魔力量を有している。

 魔力量に関しては才能であり、こればかりは訓練でも伸ばすことは難しい。

 つまり、生まれ持っての才能ということになる。

 魔力を持っていても、魔術を専門とした魔術師になれる者が限れる理由の一つでもあった。

 魔力量の多さは、魔術師にとってかなり重要な素質になる。

 リオも魔術を扱えるからこそ分かる――フィーナには十分な才能がある。

 フィーナの練り上げた魔力はどんどん膨れ上がっていき、やがて――その性質が変化していく。

 フィーナが何をしようとしているのか、リオには理解できた――攻撃魔術を発動しようとしているのだ。

 これほどの魔力――上手く扱えば、相当に強い魔術を発動させることができるだろう。

 だが、練り上がった魔力にはわずかだが違和感があった。

 魔術を発動させようとしているのに、その流れはどこか安定していない。

 むしろ、どんどん不安定になっていく――やがて、魔力はフィーナの意思とは関係なく溢れ出てしまい、


「――きゃっ」


 小さな悲鳴を上げながら――フィーナの魔力が大きく乱れると、魔術はその場で暴発してしまった。

 暴発――といっても、爆発は自体は小規模なもの。

 フィーナは尻餅をつきながら、恥ずかしそうな表情を浮かべた。

 少なくとも、この一回で怪我をするようなものではないが――魔術の暴発は、何度もすれば怪我を伴う危険なもの。


「えへへっ、失敗しちゃった……」


 フィーナは笑って誤魔化すような仕草を見せるが――その表情は落ち込んでいるのが分かる。

 そんなフィーナに近寄って――リオは手を差し伸べた。


「あ、ありがとう。本当は――かっこよく魔術が成功するところを見せたかったんだけど……」


 やはり、フィーナはリオに魔術の発動を見せたかったようだ。

 思えば、最初にフィーナを助けた時――彼女の下へ向かう途中、小さな爆発音を聞いたことを思い出す。


(……あれはフィーナの魔術が失敗した時の音だったんだ)


 何の音か分からなかったが――これで納得がいった。

 ただ、リオには一つ疑問が残る。


「どうして、わたしに魔術を?」


 リオにそれを見せる意味だ――失敗したのは、彼女にとって恥ずかしいことだろう。

 どうして、リオに見せる必要があったのか。


「えっとね――私、魔術師になるのが夢なの」


 リオの問いかけに、フィーナは真剣な表情で答えた。

 それはマイペースでどこか浮ついた感じではなく――フィーナの本心から言葉だと伝わってくる。

 先ほど書斎で、魔術の話をした時――彼女が少し落ち込んた様子を見せたのも、ここで繋がった。

 ――彼女は魔術が好きなのだろう。

 だから、リオが魔術を好きかどうか確認したのだ。


「でもね、魔術を発動させるのが苦手で……」


 また、落ち込んだ様子で続けた。

 魔術が苦手――それは、魔術師を目指しているというのであれば、致命的なことだ。


「魔術が苦手?」


 ただ、リオは首を傾げながらその言葉を繰り返した。


「正確に言うと、攻撃魔術が苦手なんだけど。だから――驚かせないようにしようと思って。たぶんこういうこと、多いから」


 なるほど――魔術が暴発すると、確かに大きな音が鳴ることもある。

 それこそ、護衛としての役目を考えれば――そうした音で何かの襲撃があったと勘違いしてしまうかもしれない。

 リオにとっては有益な情報だろう。

 おそらく、ここで暮らしている従者達はもう慣れているのか――離れたところに姿が見えるメイド達も、わざわざここに近づいて確認するようなことはしない。

 日常茶飯事――そういうことだ。ただ、


(――魔術が苦手というのは、気がかりだけど)


 ――リオから見て、フィーナは才能がある。

 否、リオでなくても、あの魔力量を見れば誰もがそう思うだろう。

 非凡な才能だ――魔術師を目指して然るべき、そういう才能を有している。

 もちろん、魔力量に優れているからといって、絶対に魔術師となれるわけではない。

 ただ、魔術の発動が苦手――その言葉には、どこか違和感があった。


(――と言っても、そこまで確認することでもない、か)


 気になりはするが、踏み込んで聞く必要もない。

 リオはあくまで護衛としてここにいる――だから、彼女が魔術の稽古をしている時、こうした音が聞こえても勘違いしないようにすればいいだけだ。


「分かった。把握しておく――おきます」


 リオは今日、何度か言葉遣いを訂正している――表向きにはメイドという立場である以上、しっかりとしなければならない部分なのだが、これはリオの欠点というべきか。

 リオは――あまり丁寧な言葉が得意ではない。

 そういう言葉遣いが必要な生活を送ってこなかったからなのだが、これは仕事なのだ。

 だから、リオも気を付けて直そうとはしていた。


「私と二人きりの時は普通でいいよ?」


 フィーナはそんな提案を切り出した。

 リオが少し無理をしているように見えたのかもしれない。

 だが――その提案を受け入れていては、直るものも直らないだろう。


「――仕事なので」


 そう、これは仕事だ――リオはフィーナの友達ではない。

 護衛の仕事を受けて、ここにいる。

 だから、言葉遣いを正すことも仕事の一環なのだ。

 せっかくのフィーナの提案でも、簡単に受け入れるわけにはいかない。


「……気にしなくていいのに」


 ただ、フィーナは少し不満なようで――唇を尖らせながらそう言った。

 リオとしてもフィーナの言葉に甘える方が楽ではあるが――やはり、仕事であることを忘れてはならない。

 そういう意味だと――フィーナの機嫌を損ねたままではよくないだろう。


「――仕事といえば、お嬢様は魔術学園に通っているとか」


 リオから切り出したのは魔術学園の話――彼女は魔術師を目指している。

 魔術の話が好きなだけあって、学園の話をすると途端に表情が明るくなった。


「ちょうど学園がお休みの時期だけれど、来週から登校日なの」

「その送り迎えに関しては今後、わたしが付き従いますので」

「! そ、そうだよね! じゃあ――明日もよろしくねっ」


 フィーナは嬉しそうな表情を浮かべていた。

 リオとの距離を縮めたい――そんな気持ちは伝わってくる。

 上手く、フィーナの機嫌を取ることには成功した。


(まあ、わたしは今の距離感くらいでちょうどいいと思ってるけど)


 ――逆に、リオはフィーナとそこまで親密な関係になりたいとは思っていない。

 だって――これはあくまで仕事なのだから。

 リオの役割はフィーナの護衛であり、通常のメイドとその性質は随分と異なるものだ。

 身の回りの世話くらいはするが――それ以上踏み込むような真似はしない。

 護衛の仕事というのは、傍に控えている必要はあるが、彼女に何か危害が加えられることがない限り特別することはない――リオから、下手なことはしないという方が正しいかもしれない。

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