41,守るために
――フィーナはただ、リオの戦いを見守ることしかできなかった。
彼女がすでに限界を迎えていることは分かっている。
けれど、フィーナにはもう――この戦いを止めることはできない。
リオが傷を負うたびに、フィーナは強く拳を握る。
「リオ……!」
小さく、彼女の名前を呼んだ。
――足手まといになることに、フィーナはひどく怯えていた。
今だって、リオはフィーナを守るために戦ってくれている。
彼女を信じると決めた――だから、フィーナにできるのはただ祈ることだけだ。
けれど――本当にこのまま見守るだけでいいのだろうか。
フィーナはまだ魔術師ではない――攻撃魔術だって、満足に使えるわけではないのだから。
(……でも)
少しでも、リオの力になりたい。
その気持ちだけは――戦いが始まってからずっと、フィーナの中にあった。
下手に手を出して、リオが不利になったらどうなるだろう。
仮に始末屋がフィーナのことを狙ったら――以前のように、足手まといになるかもしれない。
そんな考えがぐるぐると回って、口がひどく乾いて仕方なかった。
戦っているのはリオなのに、フィーナはずっと心臓が痛いくらいに緊張している。
この戦いでリオが負けたら――フィーナもきっと助からない。
もちろん、自分が死ぬことを想像するのは怖い。
けれど、それ以上に――リオを失うことの方が怖かった。
「だって、フィーナは――わたしの大切なご主人様だから」
リオがそう思ってくれるように、フィーナにとってもリオは大切な人だ。
だから、一緒に戦いたい――そう思うのは、傲慢なことなのかもしれない。
それでも、リオの気持ちには応えたい――リオと並んで一緒にいられる自分でいたい。
だから――フィーナは戦いを見守るのだ。
フィーナにしかできないことをするために。
***
もはや避けることも満足にできない――少し動けば、滴り落ちた血で床が滑る。
リオ自身、動けているのが不思議なくらいの怪我だった。
いつ意識を失うのかさえも分からない――そんな状況でも、なおリオは止まらない。
「……君もしつこいね」
むしろ、苛立ちを隠せないのは始末屋の方だった。
リオはいつ動けなくなってもおかしくはない――ほんのわずかな綻びさえあれば、彼女は死ぬ。
けれど、そのわずかを彼女は間違えない――当たれば確実に命を落とすだろう一撃だけは、絶対に避けるのだ。
満身創痍のリオが始末屋に与えた傷は――これまでにほんのわずかなもの。
それこそ、身に着けているローブがわずかに赤く濡れる程度だ。
「ふっ、ふっ、ふぅ――」
リオは大きく息を吐き出した。
血を失いすぎた――少しでも気を抜けば、そのまま倒れてしまいそうになる。
だから、再び意識を集中させる。
目の前の敵を倒すまで、リオは決して倒れることはない。
「理解しているはずだ。君は――僕には勝てない」
始末屋は呆れたような物言いをした――リオにも限界はある。
だが、そんな言葉を聞くつもりはない。
(……少しでいい)
必要なのはほんの一瞬の隙だ――けれど、その一瞬が訪れない
ここまでひたすらに待ち続けたが、もはや立っているのも限界だ。
ふらりと、リオの身体がバランスを崩す――当然、始末屋はわずかな隙も見逃さない。
「これで終わり――!」
リオにトドメを刺そうと、始末屋が距離を詰めた瞬間だった――放たれたのは魔術の『光弾』。
魔術としては基礎中の基礎であり、牽制程度にしか使われない魔術。
その威力は直撃しても、始末屋が身に着ける仮面にヒビが入る程度――だが、確かに与えられた一撃だった。
それを放ったのは――フィーナだ。
彼女にとっては最も成功率の高い魔術――リオの指導の下、繰り返し何度も行ってきた。
この場において、人に向かって放ち――魔術を成功させたのだ。
始末屋の視線が、フィーナへと向けられる。
(今――)
リオは目を見開いた――リオはその一瞬を待ち続けていた。
ほんのわずか一秒にも満たない隙に、リオは全てを懸ける。
始末屋もまた、リオの動きに気付いた。
短刀で防ごうとする――二人の刃が交わった。
そして、リオの短剣が始末屋の短刀を弾いた。
「――バカな」
驚きの声を上げたのは始末屋だ。
彼の持つ短刀には魔術が施されている――一定の衝撃を受ければ、爆発するようになっていた。
故に、リオの短刀とぶつかれば、爆発が起こる。
その衝撃を受ければ、リオは始末屋へ一撃を与えることはできない。
だから――ギリギリまで切り札を取っておいた。
リオも短剣に魔術を付与した――刃を自身の魔力で包み込み、当てた時に発動する。
『魔術殺しの短剣』――ほんの一瞬だけ、あらゆる魔術を無効化する、どんな魔術師が相手であろうと必ず仕留めることができるリオの魔術。
あまりにシビアなタイミングであるために、使い手は限られる――それを使いこなせるのは、おそらくこの世でリオだけだ。
そして、リオと始末屋は交差するような形となった。
わずかな静寂の後――始末屋は再び、フィーナの方に視線を向ける。
「――まさか、君にしてやられるとは」
始末屋はフィーナのことを見ながら、恨めしそうに言った。
食い下がるリオとの戦いに気を取られた結果、最後の瞬間――フィーナにまで意識を向けられなかったのだ。
フィーナはずっと、リオを援護する機会を見計らっていた。
絶対に失敗することができない、その一撃――威力は必要ない。
ただ、リオが一撃を与えるために必要な隙を作れればいい。
そうすれば、きっとリオが始末屋を倒してくれる――そう、フィーナは信じていたから。
フィーナの放った攻撃魔術が、リオを救ったのだ。
リオの放った一撃は始末屋の喉元を捉え――致命傷を与えた。
だが、リオも限界を迎え、その場に膝を突く。
「リオ!」
フィーナが名前を呼びながら、駆け寄ってきた。
すでにリオは立っていることすらままらない状態であり、フィーナがリオの身体を支える。
リオはそんなフィーナのことを見て、
「成長、したね」
フィーナにそう声を掛けた。
何度も繰り返し練習してきた魔術――この瞬間に発動を成功させたのは、彼女の努力の賜物だ。
「……リオの、おかげだよ」
フィーナは泣きそうな表情を浮かべながら言った。
――一緒に稽古を重ねて、フィーナが使えるようになった攻撃魔術は、始末屋に傷を負わせることはできない。
けれど、今はそれで十分なのだ――フィーナはこれからもっと成長するのだから。
「……僕の言った通り、だろ? 殺しの技術は単純――命を奪えればいい。結果は、見ての通りだ」
始末屋はそう言うと――自らヒビの入った仮面を外した。
フィーナが驚きに目を見開く。
その素顔は――リオとそう歳の変わらない少女だった。
「……!」
「そう、驚くことでもないだろう? 君の隣にいるリオは――僕と同じなんだから」
「ううん、わたしは――あなたとは違うみたい」
リオは始末屋の言葉を否定した。
フィーナが否定してくれたから――だから、リオは今の自分の全てを受け入れる。
本質は暗殺者であっても、その力を振るい方を決めたから。
「わたしは……大切な人を守るために、この力を使ったから」
「……そうかい。まあ、勝ったのは君だ――好きにしたらいい。ただし――生き残れたらの話だけどね」
「!」
始末屋が懐から取り出したのは、小型の魔道具だった。
これほどの実力者が、まさか自分は負けた時のことまで想定しているとは、リオは想像もしていなかった。
カチリ、と音がして――何かを作動させたことはすぐに分かる。
「フィーナッ!」
「リオ――」
リオはフィーナを抱えて、その場から駆け出した。
これ以上、無理ができる身体ではないはずなのに――それでも、リオはフィーナを守るために反射的に身体が動いてしまった。
次の瞬間――時計塔は爆炎に包まれた。




