4.魔術
「すみません……あっ、ごめんなさい! ちょっと前を――っと!」
人混みの中で――謝罪の言葉を抜けながらどうにか少女――フィーナ・ヴェルターは歩いていく。
ここには以前に来たことはあるが、その時よりももっと人が増えている――フィーナはどうにか、人混みの中を抜けようとして。
「――はあ、やっと抜けられたぁ……」
フィーナは安堵するように、大きく息を吐いた。
小綺麗な服装に身を包んでいるのは、彼女の生まれが高貴であることを示している。
だが、彼女の周囲には従者は一人もいない。
――これでもお忍びのために、地味な服装を選んでやってきているのだ。
フィーナには目的があった――それは、父の誕生日を祝うためのプレゼントを買うこと。
そのために、一人でこうして商店の並ぶ大通りまでやってきたのだ。
本来であれば、従者の一人や二人――連れてくるのが普通のことだ。
けれど、以前に誕生日プレゼントを買う時――従者を連れて行った結果、渡す前にバレてしまうということがあった。
その時の反省というべきか――今回は一人で買うために、屋敷をこっそり抜け出してきたわけである。
――とはいえ、大通りの人の多さはすさまじいものであるが、少し外れれば意外と楽になるもので。
(……この裏通りを抜ければ、屋敷までは近道なんだよね)
すでに目的の物は買ってある。
フィーナは小さな紙袋に入ったプレゼントを見て、小さく笑みを浮かべた。
父がそれほど感情豊かに喜びを表現するタイプではない――だが、去年のプレゼントもなんだかんだ、部屋には飾ってくれている。
今年も喜んでくれるといいが――そんな気持ちで歩き出す。
途中――路地裏でフィーナよりもずっと身長が高く、大柄な男に遭遇した。
フィーナは一瞬、驚いて立ち止まってしまうが、頭を下げて横を通り抜けようとする。
だが――大柄な男はフィーナの前に立ち塞がった。
「! あ、あの……?」
フィーナは男の方を見た――男もまた、フィーナのことを見ている。
明らかに人相が悪く――フィーナは思わず息を呑んだ。
人を見かけで判断してはならない――だが、何か嫌な感じがして、フィーナはどうにか男の横を通り抜けようとする。
「ここから先には行かせられない」
「!」
男ははっきりと、フィーナに向かって言い放った。
その言葉に驚いて、フィーナは後退る。
思わず、踵を返して戻る――人混みに紛れれば、逃げられる可能性があると考えたからだ。
だが、すでに反対方向にも一人――男が立っていた。
こちらは長身だが細身だが――フィーナに対して鋭い視線を向けており、また足を止めてしまう。
否――止めるしかなかった。
近づけば、何をされるか分からないと思ったからだ。
「……あの、何か?」
フィーナは恐る恐る口を開いた。
男は問いかけられても答えず――何やら周囲の様子を確認した後に、口を開く。
「付き人もなし、か。ヴェルター家の御令嬢が随分と不用心なことで」
ヴェルター家の御令嬢――その言葉の時点ふぇ、フィーナが何者であるか理解している。
別に、フィーナが貴族の令嬢だと知っていることについては不思議ではない。
ヴェルター家は帝国においても有名で、その令嬢であるフィーナのことを知っている人間は、この帝都においては少なくはないからだ。
問題は――男の態度が明らかにフィーナに対して好意的なものではないということ。
「っ、わ、私に何か御用ですか……!?」
フィーナは怯えた様子を見せながらも、男にそう問いかけた。
「一緒に来てもらおう」
「!? それは、どういう……?」
フィーナはまた問いかけるが――今度は、男からの返答はない。
ただ、じりじりと距離が詰められているのは分かる――フィーナは前後にいる男のことを見た。
(ど、どうしよう。何のつもりか分からない……けど)
フィーナは慌てつつも、どうにかこの状況から脱出することを考える。
――先に動いたのはフィーナだった。
細身の男がいる方角は人通りがある――つまり、向こう側に向けるのは得策ではない。
フィーナは大柄な男の方を見た。
そして――掌を男に対して、構えを取る。
同時に、発動しようとするのは魔術――体内に流れる魔力を使うことで使用できるそれは、誰でも魔術を簡単に扱えるわけではない。
「魔術か……!」
大柄な男は気付いたように、言葉を漏らした。
フィーナは魔術師を志す者――故に、魔術の扱い方くらいは心得ている。
男達は、果たしてそれを知っているだろうか。
(大丈夫、落ち着いて……)
フィーナは心の中で、自身に言い聞かせるようにしながら――魔力を練り上げていく。
その魔力は――男達からも分かるほどに膨れ上がっていた。
魔術とは、体内にある魔力を火や水といった性質に変え、それを攻撃や防御に応用することができる。
フィーナが自身の魔力を変換し、攻撃魔術に転用しようとしていた。
ここは狭い路地裏――魔術が発動すれば、避けるのは難しい。
大柄な男は、その場で受ける姿勢を見せた。
魔術が扱えるわけではないのか、シンプルに魔力を両腕に込めて――防御の姿勢を取る。
(今――)
そして、フィーナは攻撃魔術を放った――はずだった。
だが、その場に響いたのはボンッ、と少しの破裂音――フィーナの魔術は、発動しなかったのだ。
「っ」
フィーナは思わず顔をしかめた。
男達はそれぞれ顔を合わせた後――呆れたような表情を浮かべる。
「まさか、今のが魔術か?」
「――」
フィーナはすぐに駆け出した。
魔術の発動に失敗した――もう一度、試す時間を与えてくれるほど甘くはないだろう。
故に、フィーナは作戦を変える。
今度は細身の男に向かって真っすぐ――勢いのままにすり抜けようとした。
「舐められたものだ」
「あっ」
だが、フィーナが横を通り過ぎようとすると、足を掛けられてその場に転ばされた。
そして、手首を掴まれて無理やり、押さえ込まれる。
「は、離してっ」
「手荒な真似をするつもりはない――なんて言うと思ったか? 抵抗するなら容赦はしねえぞ」
「……!」
男の声は生易しいものではなく、フィーナの表情は恐怖に染まる。
腕の辺りに痛みを感じた――もう少し、強く力を加えれば、折られてしまう。
それが伝わって――フィーナの身体は小さく震え、気付けば抵抗する意思を奪われてしまっていた。
「――ったく、驚かせやがって。こいつ、魔術学園に通ってるんだったか」
「まだ学生だな。魔術をまともに使えるのなら少し面倒だったが。まあ、所詮は小娘。大人しくしてれば、痛い目に遭わずに――がっ!?」
話していた細身の男は突然――呻き声を上げた。
フィーナの身体が自由になって、思わず振り返る。
細身の男は、身体を大きくのけぞらせ、天を仰いでいた。
そのまま、身体はゆっくりと後方へと脱力するように倒れていき――動かなくなる。
「い、一体――」
「なんだ……!?」
フィーナだけではない――大柄な男もまた、何が起こったのか気付いていない様子だった。
男に押さえられて下を見ていたフィーナならともかく、状況を見ていたはずの男ですら、何が起こったのか理解していない
フィーナの背後から、靴音が聞こえた。
振り返ると――そこにいたのは、一人の少女の姿があった。




