39.初めて
勝負は一瞬だった――ロットは本気で相手を殺すと決めたリオの足元にすら及ばない。
「……」
リオは静かにロットを見据えた後――ちらりと、フィーナに視線を向けた。
彼女は少し怯えた様子だった。
当然のこと――リオは迷いもなく、人を殺したのだから。
――リオはその手を血に染めた。
ここに来るまでに、すでに何人も殺している――時計塔に潜んでいた者達を、リオは次々を葬り去っていた。
フィーナの新しい護衛だった女性も――すでにこの世にはいない。
薄暗い部屋の中には、リオが殺した者達の死体ががいくつも転がっていた。
すでにリオは覚悟を決めている――フィーナを守るために、敵は全て殺すのだ。
そして、戦いが終われば――フィーナの下を去ることになるだろう。
だから、今は全てを終わらせることだけを考える。
今の自分を、彼女に受け入れてもらおうなどとは思っていない。
「――行こう。安全なところに」
リオはそう言って、フィーナの下へと向かう――だが、リオは背後に気配を感じた。
「! リオ――」
フィーナがリオの名を呼ぶのとほとんど同時のタイミング。
リオは振り返りながら短剣を振るった――互いの得物がぶつかり合って、距離を取る。
姿を見せたのは始末屋だ――彼が時計塔を一度、離れたことは確認している。
「やれやれ……報告のために離れた間に全滅とは。せっかく、彼を生かしておいた意味もなかったか」
始末屋の言う『彼』とはロットのことだろう。
リオがここに来ることを予見していたのか――足止めのつもりで使うつもりだったようだ。
「残りはあなた一人だ」
「そうだね。みんな君に殺されてしまった――でも、僕としてはこの方が都合がいい」
「……?」
「誘拐よりも殺す方がずっと楽でね――君も同類だろう?」
姿を見せた始末屋が、リオにそう問いかけてきた。
「同類――そうかもね」
「かもじゃない。同類さ――だって、君と僕は同じなんだから」
「……どういうこと?」
「君も同じように育てられただろ。人を殺すために――あの施設で」
始末屋の言葉に、リオは目を見開いた。
あの施設――それは、レイシアと出会う前にリオがいた場所のことだ。
そのことを知っているのは、限られた人間しかいない。
「まさか」
「そのまさかだよ。僕と君は同じ――もっとも、僕は君よりも早く完成したし、君のように中途半端に教育を終えた人間じゃない。完成体だと自負しているよ」
完成体――始末屋は自らのことをそう呼んだ。
リオと同じ場所にいたとしても、時期は違うのだろう。
あの時――レイシアはあの施設にいた全ての人間を始末している。
生き残ったのはリオだけだ。
だが、リオも――あの施設が果たして、どういう目的で作られたものなのか知らない。
ただ、暗殺者になるために育てられただけなのだから。
「……あなたは、あの施設のことをどこまで知っているの?」
「どうでもいいことだよ」
「どうでもいい?」
「僕達は人を殺すために育てられた――それだけだろ? 中途半端な君でも、本質は同じはずなんだ」
言いたいことは理解できる――リオの本質は暗殺者であり、人殺しの道具でしかないということ。
そして、始末屋がリオのことを『妹』と呼んだ理由も分かった。
同じ施設で育ち、先に暗殺者として完成した存在――それが、目の前にいる始末屋なのだ。
その上で、リオは始末屋に対して言い放つ。
「あなたはわたしと同じ匂いがする」
「ああ、僕もそう思うよ」
「わたしも、人を守るより殺す方が向いてるから」
リオは短剣を持つ方の手を見た――血で真っ赤に汚れた、自分の手を。
リオは人殺しだ――レイシアとの約束を今まで守ってきた。
その上で、ロットを含めた者達を殺しても、そこに何も感じることはない。
「わたしの手は血で汚れてる。でも――」
リオは――始末屋を睨みつけた。
そして、はっきりとした口調で言い放つ。
「フィーナを守るためなら、血で汚れても構わない」
たとえ、フィーナがリオのことを受け入れてくれなくても構わない。
だが、そんなリオの手を――フィーナが握る。
「! フィーナ……?」
リオは驚きを隠せなかった。
返り血で汚れたリオの手に――フィーナが触れるとは思っていなかったから。
「リオは――こんな奴らとは違うよ」
フィーナは怒っていた――けれど、それはリオに向けられたものではない。
フィーナもまた、覚悟を決めた表情だった。
一人でも戦える――そう思っていたのに、フィーナが傍にいてくれるだけで、リオの心は先ほどよりもずっと穏やかなものになっていた。
だからこそ、リオは微笑みを浮かべて、フィーナに問いかける。
「わたしのこと――信じてくれる?」
「うん――リオのこと、信じるよ。これから先、どんなことがあっても」
フィーナもまた、リオの目を見つめて答えた。
受け入れてくれなくても構わない――そんな風に思っていたのに。
フィーナの言葉だけで、力が湧いてくる。
「信じてくれる人のために力を振るうのは初めてだよ」
リオはそう言って――一歩、前に出た。
短剣を構えて、始末屋と対峙する。
始末屋は小さく溜め息を吐いた。
「くだらないな。まあ、どんな理由にせよ――本気で戦うつもりがあるなら多少は楽しめるか」
始末屋が短刀を構える――そして、二人の刃が再び交わった。




