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38.大切な

 ――当たり前だが、ぬいぐるみが喋るはずもない。

 フィーナが顔を上げると、そこにはローブに身を包んだリオの姿があった。

 普段、彼女はメイド服に身を包んでいる。

 けれど、今は違う――その様相は、どちらかといえばフィーナを捕えている者達とどこか似ていた。

 リオがぬいぐるみを持って――フィーナに話しかけているのだ。


「どうして……ここに?」


 フィーナがそんな疑問を口にする。

 まるで夢でも見ているかのような――目の前に、リオがいることが信じられないといた表情だ。


『助ケニキタ!』


 リオはまた――ぬいぐるみを介してそんな演技をしてみせる。

 けれど、フィーナの表情は暗いままだった。


「だって、リオは……怪我をして。それに、私なんかを、助けるなんて――」

「フィーナには明るい笑顔の方が似合うよ」

「――」


 リオは優しげな表情を浮かべて言うと、フィーナが言葉を詰まらせた。

 普段、感情を表に出さないリオが初めて見せる表情――ぬいぐるみを置くと、フィーナの手足を縛る縄を解いて、言葉を続ける。


「私が助けに来たんだからさ、少しは喜んでよ」

「……私に、助けてもらう資格なんてない」


 それでも、フィーナはリオを拒絶するような態度を見せた。

 フィーナは自棄になっている――やがて、彼女の口から言葉が溢れ出す。


「いっそのこと、ここで死んでしまった方がお父様やこの国のためになるの。魔術師になるなんて夢も――最初から持たない方がよかった。そうすれば、学園が襲われることだって、なかったのに……! 私は――最初から、何も望むべきじゃなかった」

「――そう思わせないために、わたしがいるはずだった」


 リオはそんな風に切り出した。

 フィーナはすぐに首を横に振って、リオの言葉を否定する。


「! 違う、リオのせいじゃ――」

「ううん、フィーナが苦悩しているのは、わたしのせいだよ」


 リオはそれでも、自分を責めるような口調で言った。

 そうだ――フィーナがこんなにつらい思いをしているのは、リオに責任がある。

 何のために護衛として傍についていたのか、そんなこと――考えすらしていなかった。


「違う、違うよ! そんなの、リオのせいなわけない! だって、悪いことをする奴らが――」

「ほら、フィーナも同じだよ」

「……え?」


 リオの言葉に、フィーナは呆気に取られた様子を見せた。


「わたしを庇おうとして、悪い奴らのせいだって。わたしも同じ気持ちだよ――フィーナは悪くないんだから。でも、わたしには悪いところがあった」


 フィーナは何も悪くない――悪いところがあるとすれば、それはリオにだけだ。


「それって、どういう……?」

「わたしさ、護衛の仕事を受けておきながら――どこか迷ってた」


 それは事実だ――ずっと、彼女の傍にいながら迷っていた。


「護衛の仕事をすることを?」

「守る自信はあったよ。ただ、覚悟が足りなかっただけ――迷いは全部吹っ切った」


 軽い気持ちで引き受けた護衛の仕事が、想像以上に大仕事であったこと。

 その上で――自らがレイシアを交わした約束を守るか、フィーナのことを守るかを天秤にかけたこと。

 初めから――何も迷う必要などなかったのだ。

 リオのすべきことは、決まっている――リオはフィーナの頬に触れた。


「護衛の仕事を引き受けたのも、あなたに魔術を教えたのも全部わたしのためだった。そして、ここに来たのも――わたしのため」

「どうして、それがリオのためになるの……?」


 フィーナが問いかけてきた。

 リオは彼女を真っすぐ見つめて――言い放つ。


「だって、フィーナは――わたしの大切なご主人様だから」

「……!」

「あなたと一緒に過ごした日々は、楽しかったよ。仕事とか関係なく――わたしは、あなたを守りたいと思えるようになった。だから、ここに来た」


 それがリオの出した答えだ。

 もう迷いはない――今度こそ、彼女を守るために戦う。

 たとえ、それがレイシアとの約束を破ることになったとしても――構わない。

 それがリオの選んだ道なのだ。

 フィーナは、リオの言葉にはすぐに答えられない様子だった。

 けれど、それでいい――これは、リオの勝手な我儘だ。


「――なら、ここで決着だな」


 少し離れたところから声が聞こえてきた。

 リオはその方向に視線を向ける――姿を見せたのはロットだった。


 ロットはすでに剣を抜き放ち、臨戦態勢に入っている。


「……生きてたんだ」

「それはこっちの台詞だろ。今度は邪魔させねえ――一対一だ」

「うん、そうだね」


 リオはそう答えて――短剣を握る。

 その手は、わずかに震えていた。

 怪我は完全に治っていない――無理をすれば傷が開いてしまう。

 まだ、戦えるようなコンディションではないのだ――だが、そんなことは分かり切っている。

 全てを承知の上で、、リオはこの場に立っているのだから。


「リオ! ダメだよ、逃げて!」


 フィーナはリオの身を案じるように叫ぶ。

 だが、リオはフィーナに優しく声を掛けた。


「大丈夫。今から本当のわたしを見せるから」

「本当の……リオ?」

「怖がらせたら、ごめん」


 リオはそう言うと――途端に雰囲気が変わった。


「……!」


 ロットもそれを感じ取ったようだ。

 リオから溢れ出るように向けられる殺気――ロットはすぐに剣を構える。

 彼が対峙した今までのリオとは違う。


「は、ははははっ! たいした奴だ! だが、それでこそ殺し甲斐が――ぁ?」


 ロットの視界からリオの姿が消え――直後、間の抜けた声を漏らした。

 すでに、リオはロットの背後にいる。

 手に持った短剣から、鮮血が滴り落ちていた。

 それが誰の血なのか――ロットが確認するように、自らの喉元に触れる。


「――」


 そして、彼の手は赤い血に染まっていた――リオがロットの喉元を切り裂いたのだ。

 その事実に、斬られてからようやく気付いたのだろう。

 あり得ない――ロットはそう口にしようとして、けれど言葉が出ない。

 剣を振り上げ、どうにかリオへ一撃を加えようとするが――リオは軽く捌いて見せる。

 ふらふらと、ロットの足元が覚束なくなり――やがて、その場に倒れ伏した。

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