37.助ケニキタ
「……ん」
フィーナが目を覚ますと――そこは薄暗い部屋の中だった。
少し広めの部屋で、フィーナは周囲を確認するように見渡す。
部屋もそうだが、窓から見える景色には見覚えがあった。
(ここは、時計塔……?)
帝都を象徴する一つとして知られる時計塔――それが作られたのはかなり昔のこと。
帝都を見渡すことができる展望部屋があり、幼い頃に母に連れて来られたことがある。
ここから見える景色を守りたい――だから、魔術師団の筆頭魔術師として、母は戦い続けていた。
母が亡くなってから、この部屋を訪れたことはない。
――無意識のうちに、避けていたのかもしれない。
「目が覚めたようだね」
「!」
声のした方を見ると、そこには仮面で素顔を隠した人物がいた。
以前に、学園でその姿を見たことがある。
「あなたは……」
「僕は始末屋――そう名乗っている」
「どうして、私はここに?」
「僕よりも、彼女のことを見れば――何となく察してもらえると思うけどね」
そう言って紹介されたのは――新しく、フィーナの護衛になった女性の姿だった。
すでにメイド服姿ではなく、ローブに身を包み、その表情には優しさなどまるで感じられない。
「君の父――アーノルドが護衛として雇い入れた人物だけどね、少し小細工をさせてもらった」
「どういう、こと」
「簡単な話さ。アーノルドが雇い入れるはずだった人間はもうこの世にはいない。彼女には成りすましてもらったのさ」
「――」
その言葉で、フィーナは全てを理解する。
リオの見舞いという誘いに乗って屋敷を出て――そのまま誘拐されてしまったのだ。
そして、アーノルドがどれほど慎重を期していたとしても――こうして入り込まれてしまう。
あるいは状況だけに、代わりの護衛を早急に用意したことが仇となったというべきか。
もはや――フィーナにとっては、誰一人として信頼できる状態にはなかった。
「周囲を見渡せるここなら、大きな動きがあればすぐに気付く。アーノルドが下手を打てば――君の命はない」
フィーナは人質だ――父の足手まといとなってしまった現実もまた、フィーナにとって苦痛でしかなかった。
アーノルドが進めるのは和平交渉――おそらくはフィーナの身柄を引き換えに、まずはその交渉を止めることから始めるのだろう。
「この時計塔は帝国にとっては平和を願う象徴とも聞いているが――そんなところに君が囚われているというのも、皮肉が効いているだろ?」
「……」
フィーナはその言葉に答えることはできなかった。
「さて――僕は現状の報告に行ってくる。ここは君達に任せたよ」
そう言って、始末屋は姿を消した。
この部屋にはフィーナの他にも数名の気配がある――だが、薄暗く広い部屋の中で、どこに誰がいるかも分からない状態だ。
フィーナには魔術がある――手足を縛る縄くらい、切断しようと思えばできるはずだ。
けれど、フィーナが逃げ出せるような状況にはない――それが分かっているからこそ、この程度の拘束で済ませているのだ。
そして、フィーナにはもう、逃げ出す気力は残っていなかった。
せっかくリオが守ってくれたのに、捕まってしまうなんて――彼女に合わせる顔がない。
(ううん……もう――会えるかどうかも、分からないよね)
フィーナがここから生きて帰れる保証など――どこにもないのだ。
彼らは命を奪うことに一切の迷いはない。
仮にアーノルドが従ったとしても、フィーナが無事でいられるとは限らない。
「……ごめんなさい、リオ」
ただ、届くはずもない謝罪の言葉を口にする。
できれば彼女に直接謝りたかった――本当は、見舞いにいって話したいことがあったから。
けれど、それはもう叶うはずのない願い――そうして俯く彼女の目の前に現れたのは、ドラゴンのぬいぐるみだった。
「!?」
フィーナは目を丸くした。
どうして、ここにドラゴンのぬいぐるみがあるのか――これは、フィーナがリオにプレゼントしたものだ。
脱力した可愛らしいぬいぐるみは、この状況にはどこまでも似つかない。
そんなドラゴンは、リオを真っすぐ見つめて、
『助ケニキタヨ!』
随分と可愛らしい声を出して、そんな風に言い放ったのだ。




