36.迷いはない
自室に引きこもるようになってから数日――フィーナに新しい護衛が決まった。
後任もリオと同じく女性であり、メイド服を身に纏ってリオの代わりを務めてくれている。
――そうだというのに、フィーナはほとんど顔を合わせていなかった。
せっかく新しく護衛に就いてくれたというのに、申し訳ない気持ちはある――けれど、フィーナにとっての護衛は、リオなのだ。
(……リオ)
本当は彼女に傍にいてほしい――けれど、それを望めば、彼女を傷つけることになる。
そんな矛盾を抱えて過ごして――フィーナは気付けば魔術の稽古も全くしなくなっていた。
あれだけ毎日続けていたことなのに、どうしてできなくなってしまったのか。
「……あんなに、頑張っていたはずなのに」
――魔術師に憧れていた。
母のような魔術師になりたいという決意は、どんな時でも揺らぐことはないと思っていた。
それなのに――フィーナを守ってくれたリオが傷ついて、こんなにも動揺している。
護衛として雇うという意味を理解していなかったわけではない――リオはフィーナを守るために戦うのだから。
だが、フィーナは現実を知ってしまった。
リオはフィーナにとって、憧れのような存在だ――何者かに誘拐されそうになった時、いきなり姿を見せて守ってくれた。
その時に『正義の味方』を名乗って――まるで、物語の主人公のようだとさえ思った。
リオにとって、その言葉にあまり大きな意味はなかったらしい――けれど、フィーナにとってはとても大きな意味があった。
だって――フィーナはそういう姿を目指し、憧れていたのだから。
リオに、母の姿を重ねていた――そんな憧れの人に、傍にいてほしくて。
いつの間にか、頼るようになっていた――魔術の稽古まで付き合ってもらい、攻撃魔術を使えるようになった。
本当に――リオはすごいと思った。
彼女さえいてくれたら、フィーナは何でもできる気さえしてた――憧れの魔術師になることだって、きっと。
(……でも、違った)
フィーナが知らなかっただけだ――父が護衛をつけるようになったのも、フィーナが狙われているから。
そんな奴らがフィーナを狙って、ついには魔術学園にまで仕掛けてきたのだ。
以前のような誘拐未遂とは話が違う――一歩間違えれば、死人が出ていただろう大事件。
アーノルドからは、隣国との和平交渉の話を聞かされていた。
秘密裏に進められており、これを知っているのは帝国内でもごくわずかの人物であるということ。
それを担う父のことを誇りに思っていたし、成功すれば――この国はもっといい方向へ向かうのだと思っていた。
ただ、フィーナは理解していなかった。
反対している勢力がいるということ――その勢力にフィーナが狙われているということも。
だから、魔術学園に通うことは――難しくなる。
和平交渉が上手くいったあとになら、もう一度通えるようになるかもしれないという話は聞いた。
フィーナは――そんな父の言葉に納得した。
自分の存在が他の誰かに危険を及ぼすのなら、それで構わない――理不尽だとは思うけれど、仕方のないことだと理解した。
「……私、本当に魔術師になりたかったのかな」
フィーナはベッドに横になりながら、小さく呟いた。
――あれだけ憧れていたはずなのに、今はもう分からない。
ただ、心にあるのはリオのことばかり――屋敷から使いは出ているそうだが、あれからフィーナはリオに顔を合わせていない。
どうして、別れ際――振り返ることができなかったのだろう。
言葉を何も、伝えることができなかったのだろう。
フィーナはずっと、その後悔だけが残り続けていた。
「……リオに会いたい」
彼女に会えば――答えが出せるだろうか。
そんな風にも考えるが、屋敷を出て――リオに会いに行くことも今は迷惑になるだろう。
だから、ここから出ないことが正解なのだ。
そう考えて、フィーナはここ数日、動けずにいた。
「――失礼します」
部屋のノックと共に、やってきたのは新しい護衛のメイドだった。
彼女もまた、優秀な経歴を持っていると聞く。
挨拶もできていないために、どこかぎこちなくなってしまう。
「……どうしたの?」
「実のところ、お嬢様に一つ提案がございまして」
「……提案?」
「はい。以前の護衛――リオ・ルーエンのことで」
「! リオが、どうかしたの……!?」
リオとの名前を聞いた途端――フィーナは勢いよく起き上がった。
彼女に何かあったのではないかと、不安になったからだ。
「いえ、ただ――彼女のことで思い悩んでいるのではないかと……」
「! それは……」
誰から見ても――フィーナが塞ぎ込んでいるのは丸分かりだ。
それは、新しく護衛に就いたばかりの彼女ですら、感じ取れるものなのだろう。
「――ですので、私が付き添いますから、お見舞いに行きませんか?」
「――!」
それは、フィーナにとって思ってもみない提案であった。
ずっと行きたいと思っていたけれど、自身では口にできないことだったから。
その誘いを、他の誰かにしてもらえるとも――思っていなかったら。
だから、その提案にフィーナは迷わず頷く。
「……私、リオのお見舞いに行きたい。もう一度会って、話したいことがあるから」
だから、フィーナはその誘い乗った――乗ってしまったのだ。
***
夜――リオは相変わらず、ベッドの上でで身体を休める生活を送っていた。
退院まではまだ時間が掛かる――最近は、あまり寝付けない日々も続いている。
「――?」
ふと――面会時間も過ぎたというのに、何やら病室の外が騒がしいことに気付いた。
ちょうど、リオの病室の前で何やら揉めているようだった。
「困ります……このような時間に」
「い、急いでいるんですっ」
何度か、屋敷から派遣されて顔を合わせていたヴェルター家に仕えるメイドの声が聞こえた。
その声を聞く限り、何やら只事ではないことは分かる。
リオが身体を起こすと――ちょうど、メイドが病室へと飛び込んで来た。
「患者さんの負担になりますからっ!」
「すぐに終わりますっ! ここに――フィーナお嬢様はいらっしゃいませんでしたか……!?」
「! フィーナが、どうして?」
リオは驚きつつも、そう問い返した。
フィーナはここに来ていない――あの日以来、顔を合わせていないのだから。
だからこそ、メイドが口にした言葉が良からぬ状況にあることを示していた。
メイドも、その言葉を聞いて――落胆した様子を見せる。
「そう、ですか」
「……何があったの?」
「じ、実は……フィーナお嬢様が自室から姿を消したんです。護衛のメイドと共に……! どうやらここに見舞いに来るという話だったようで」
「――」
フィーナがここに来るつもりだった。
そして、見舞いのために外に出たはずなのに来ていない。
ならば、考えられることは一つしかない――フィーナは攫われてしまったのだ。
新しい護衛は何をやっていたのか――リオは思わず舌打ちをする。
「見舞いになんて、今の状況で許可が下りるの?」
「そ、それが……新しい護衛の方が提案したみたいで。お忍びで外出しようとしたところを口止めされたって聞いてます」
「提案……」
新しい護衛の提案――何やら、きな臭い感じだ。
「まだ安静にしなければいけないので! そこまでです!」
「も、もしもここに来たら屋敷にまで連絡をっ!」
メイドはそのまま、無理やり部屋から追い出されていってしまう。
病室に残されたリオは一人――ある物を手に取った。
それは、フィーナにプレゼントされたドラゴンのぬいぐるみだ。
屋敷の者に頼んで、リオの部屋から持ってきてもらったものだ。
必要な物があれば――そう言われて、リオが部屋から頼んだのはそれだけ。
リオの部屋に飾られている――唯一の物。
「魔術の稽古、付き合ってくれているでしょう? そのお礼がしたくて」
このぬいぐるみもらった時――リオはどこか気恥ずかしくも、嬉しかった。
だから、病室にいる時も、フィーナが来られないことは分かっていても、このぬいぐるみは傍に置いておきたかった。
「これくらい平気で――」
「平気じゃないっ!」
肩に傷を負った時――初めてフィーナに怒られた。
それがリオのことを本気で心配しているのだと伝わってきて、怒られたというのに不思議と嫌な気分はしなかった。
所詮、リオは護衛として雇われただけの身だ――命を懸けるほどの関係性が、そこにあるはずはない。
――そんな風に、自分に言い聞かせていただけだ。
「……そっか、わたし――フィーナのこと」
自分の本当の気持ちに気付くことすら――こんなに遅くなるなんて。
リオは自嘲気味に笑い――ベッドから立ち上がった。
その表情にもはや一つの迷いはない。




