35.忘れよう
――突如として起こった爆破事件だが、学園側の死者は一人もいなかったことは幸いと言えるだろう。
講師の避難指示と、騎士団や魔術師団の迅速な対応があったからだ。
ただ、主犯を思しき二人は逃走――狙われたのがフィーナであるということも、明るみになってしまった。
そして、講師や生徒に大きな怪我はなかったが――リオは深手を負ってしまった。
幸い一命は取り留めたが、意識はまだ取り戻していない。
運び込まれた病院で――眠ったまま目覚めないリオの横で、フィーナは俯むいたまま動けずにいた。
(全部、私のせいだ……)
あの時、リオがフィーナを庇ったから怪我をした。
彼女は武器を手放すことになり、隙が生まれ――ロットの一撃を受けてしまったのだ。
それだけではない――以前に肩に傷を負ったのも、フィーナを守るための戦いだったのだろう。
――リオに護衛の仕事を任せたのは、彼女が強いからだ。
彼女が一緒にいれば――安心だと思っていた。
リオは誰にも負けない正義の味方なのだと、勝手に思い込んでしまっていた。
護衛の仕事というのは、命を懸けることになる。
当たり前のことだというのに――リオはきっと大丈夫だと、心の中で決めつけていた。
その結果――リオが死ぬところだった。
どうして、そんな当たり前のことが理解できていなかったのだろう。
どこまで自分は愚か者なのだと――責められずにはいられなかった。
「私が……護衛なんて頼んだから――」
「護衛っていうのは、そういう仕事ですから」
フィーナの言葉を遮ったのは、そんな言葉だった。
「! リオ……!? 目を覚ましたのね……!」
「……はい。ご心配をお掛けしましたね」
あれだけの傷を負ったというのに、リオはすぐに身体を起こそうとする。
すぐに、フィーナはそれを止めた。
「ダメよ、まだ安静にしてないと……!」
「そう、ですね。深手を負わされました」
「っ、ごめんなさい、私のせいで」
そうだ――リオが傷を負ったのは、フィーナのせいなのだ。
途端に、フィーナの表情はまた暗くなってしまう。
「――お嬢様に責任はありません」
リオはフィーナの言葉を否定した。
「……でも、私が狙われたから、学園のみんなにも迷惑がかかって……」
「そんなこと、狙うような奴らが悪いんです。お嬢様が気に病むようなことでは――」
「失礼する」
リオの言葉を遮るようにして――病室へと入ってきたのはアーノルドだった。
しばらく屋敷にも戻っていなかったが、事件を聞きつけてすぐに駆け付けたようだ。
「……お父様」
フィーナは不安そうにアーノルドのことを見た。
ちらりと、アーノルドはフィーナを一瞥した後――リオに声を掛ける。
「娘を守ってくれたようだな。感謝する」
アーノルドがリオにかけたのは労いだ――リオがいなければ、今頃フィーナはどうなっていたか分からない。
「……敵を取り逃がしましたが」
「――仕方のないことだ。治療費含め、今後のことは何一つ心配しなくていい」
不意に、アーノルドはそんな風に切り出した。
今後のことは――その言葉に、フィーナはどこか違和感を覚える。
「お父様、何を言って……?」
「フィーナ、リオの怪我は軽くはない――護衛を続けられる状況にはないだろう」
「……っ、それは……!」
フィーナは口を開こうとして、言い淀んだ。
リオに護衛を続けてほしい――なんて、今の状態の彼女に言えるはずもなかった。
だって、その言葉の意味するところを、フィーナ自身が何より理解しているからだ。
「……代わりは、すぐにでも用意すべきですね」
リオもまた――納得した様子で言う。
彼女もまた、自身の状態を誰よりも理解しているのだろう。
今の状態で――リオにはフィーナの護衛は務まらない。
それほど浅い傷ではないのだ――護衛という仕事を、リオは決して甘く見ているわけではない。
「屋敷から使いを出す。何かあれば連絡をしてくれ。フィーナ――一先ず、屋敷に戻るぞ」
「……はい」
フィーナはアーノルドに従い、病室を後にする。
――もう、リオの方を振り返ることさえできなかった。
その日以来、フィーナは学園に姿を見せることはなくなってしまった。
以前のような明るい振舞はなくなり――塞ぎ込むようになる。
屋敷どころか自室からも――滅多なことでは顔を出さなくなってしまったのだ。
***
――それからまた、数日が経過した。
フィーナの近況は、屋敷から派遣されるメイドに聞いていた。
自室に引きこもるようになってしまったが、屋敷にいる方が学園に通うよりはよっぽど安全だだろう。
皮肉なことに、リオが護衛から離れても――今ならそこまで大きな問題はない。
ただ、フィーナからは以前のような明るさはすっかり失われてしまったという。
魔術の稽古をすることもなくなってしまったという――フィーナにとって間違いなく、つらい現状のはずだ。
(……それでも、今はこれが最善のはず)
病室で一人――リオは窓の外の景色を眺めていた。
ロットから受けた傷は完治に時間が掛かる――深い傷であり、下手に動けば傷口が開いてしまう。
かろうじて致命傷を避けられただけに過ぎないのだ。
命が助かっただけでも良かった――そう言われても、リオも納得する。
あそこで死んでしまっていたら――あるいは、フィーナにとってもっと深い傷となっていたかもしれない。
だから、護衛を辞めるだけで済んでよかったのだ。
(わたしの怪我の状態で……無理をして護衛を続ける必要はない。引き下がって正解だ)
まるで自分に言い聞かせるように――毎日、そんなことばかり考えていた。
怪我を理由に仕事から逃げた――そう言われても否定はしない。
実際――リオは逃げたのだから。
代わりの護衛を見つけた方がいいと言ったのは、これ以上続けるのは困難だと判断した。
リオでは――フィーナを守り続けることはできないのだと思ってしまったのだ。
結局、中途半端な覚悟しか持たずに、戦いの場に立った責任は自分にある。
その結果として――リオが怪我を負ったことは、フィーナが塞ぎ込む原因にもなってしまった。
特に、彼女は母とのトラウマも抱えている――フィーナのせいでリオが怪我を負ったと自分を責め続ければ、果たして彼女は立ち直ることができるだろうか。
そんなことさえ――考えてしまう。
(――普通に生きることが、目的だったはずなのにな)
帝都にきて――するのはどんな仕事でもよかった。
偶然フィーナに出会って、彼女の護衛になって、魔術を教えるようになって――彼女を守り、命を落としかけた。
普通の生き方とは――およそ縁遠いと言えるだろう。
これ以上、フィーナと関わることは――リオにとっても危険なのだ。
彼女を狙う存在は――もはや、リオ一人でどうにかできる相手かさえ分からない。
レイシアとの約束もある――ここが、リオにとっての引き際なのだろう。
「これからお前が普通の人間として生きていくために――一つ約束しろ。もう、人は殺すな」
レイシアの言葉を、何度も思い出していた。
どうして思い出すことになるのか――フィーナを守るのならば、リオは暗殺者として動くしかない。
フィーナを狙う奴らを殺す――その覚悟を決めるしかないからだ。
(――わたし、まだ悩んでるんだ)
小さく溜め息を吐くと、リオは脱力した。
――引き際だと理解しておきながら、心の中ではまだ迷っている。
つい先日、フィーナには新しい護衛が決まったという話も聞いた。
状況が状況だけに、選定する時間はそこまでなかったようであるが――相応に実力はあるらしい。
アーノルドも認めたのだから――後任に任せるべきだろう。
だから、リオが迷う必要はどこにもない。
もう、リオはフィーナの護衛ではないのだから。
(忘れよう、全部)
それが正解なのだと――リオは何度も自分に言い聞かせた。




