34.邪魔
「――」
肩から腹部にかけての剣による一撃――出血は激しく、リオは堪らずその場に膝を突きかける。
だが、即座にロットから距離を取った。
さらなる追撃を避けるための判断であり、同時に――フィーナの傍に近寄るため。
始末屋が彼女を狙った以上、フィーナの傍を離れるわけにはいかない。
「!? リオ……!」
フィーナもまた、リオの名を呼びながら、駆け寄ってきくる――リオは言葉すらまともに口にできないほどに深手を負ってしまった。
焼けるような痛み――そして、流れ出る血はどこか生ぬるい。
傷口を押さえながら、目の前にいるロットを睨みつける。
今のリオを斬ることは――ロットにとって難しい話ではないはずだ。
だからこそ、視線を外すわけにはいかなかった。
だが――ロットからの追撃はなかった。
ロットの視線は――リオではない別の人物に向けられていたのだ。
「てめえ……どういうつもりだ?」
ロットが明らかな怒りの表情を向けたのは――始末屋だ。
「約束通り、復讐の機会を与えてやったじゃないか」
気配を感じさせないままに、教室までやってきていたようだ。
彼らの目的はフィーナの身柄――命を奪うつもりはないはず。
だが、始末屋はあえてフィーナを狙った。
ナイフの投擲は、リオが防がなければフィーナに直撃していた。
そして、簡単に命を奪ってしまう――だが、命を奪う一撃だからこそ、意味があった。
そうすることで――リオに隙を作るためだ。
実際に罠だと分かっていても、リオはフィーナを守るために行動せざるを得なかった。
その結果が、今のような有様だ。
始末屋の言葉を受けて、ロットはさらに感情を隠せない。
「……助けたって言いたいのか?」
「そう言うつもりはないけれど、危なかったのは事実だね。あのまま戦えば、君はまた負けていたよ」
「ふざけるなよ……!」
ロットは納得していない様子だった――彼が敵であることは間違いない。
だが、自身の力でリオとの決着をつけるつもりだったのだろう。
横槍を入れられたことで、ロットの怒りは始末屋へと向けられている。
リオは深手を負っても冷静だった――すぐに、フィーナに小声で言う。
「……すぐに、教室から出てください」
「! リオはどうするの……!?」
「わたしは――ここに残ります」
フィーナを逃がすために、足止めをする必要がある。
今の自分にできる最善――それしか、リオにできることはない。
だが、フィーナは首を横に振る。
「そんなのダメよっ!」
「いいから早く」
「こんな、怪我をしてるのに――」
「邪魔だって、言ってるんだ……!」
「――」
リオは言葉に怒気を込めて言い放った。
ここにフィーナが残ってどうする――何の意味もないことだ。
だから、それを言葉にしてしまった――『邪魔』である、と。
一度だって、リオはフィーナにそんな感情をぶつけたことはない。
だが、傷を負っていても――リオの放つ殺気にも近いそれは、フィーナを怯ませるには十分なものだ。
「逃がすわけがないだろう。君を殺してフィーナ嬢を連れて行く――おっと」
当然、始末屋がリオとフィーナを見逃すつもりはないだろう。
だが、始末屋がリオとフィーナの下へ近づこうとしたところで――ロットが始末屋に斬りかかった。
ロットが二人を庇った形になる――だが、おそらく彼には二人を守る気など到底にない。
「どういうつもりかな?」
「……先に俺の邪魔をしたのはお前だろうが」
「だから僕の邪魔をすると? 味方同士で争っている場合じゃないのに」
「味方? お前の一番嫌いそうな言葉だな」
「ははっ、君のことは嫌いじゃないよ」
――ロットと始末屋が言い争っている間に、隙ができた。
リオは力を振り絞り、フィーナを抱きかかえて――教室の窓を割って飛び出す。
振り返ることはしない――追撃を受ければ、おそらくはかわす気力も残されていないだろう。
だから、リオにできることは全力でその場を離れることだけだった。
「リ、リオ……血が……!」
当然――激しく動けばそれだけ出血する。
フィーナの着ている制服に血が大量に付着してしまうほどの量だ。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない――リオはできる限り二人から離れる必要があった。
だが、想像以上の出血――リオの意識はやがて失われつつあった。
「――君達、無事か……!?」
声が聞こえた方角を見ると、どうやら学園での爆破騒ぎを聞きつけたのか――鎧に身を包んだ騎士の姿が数名見えた。
他にも、獅子を象った帝国のシンボルマークが刻まれた衣服に身を包んでいる者がいる――帝国魔術師団の人間だ。
「――」
同時に、リオはフィーナを抱えたまま――やがて脱力するように倒れてしまう。
「リオ……!」
フィーナは勢いのままに地面を転がるが、すぐに立ち上がってリオの傍へと駆け寄った。
転んだ時に擦り傷を負っているようだが、それ以外にフィーナに怪我はない。
「救護班を呼べ! ここに怪我人がいる! お前達は彼女達の護衛につけ、残りは私についてこい」
駆けつけた騎士の指示は的確で――すぐに救護班がリオの治療に入り、護衛のための騎士や魔術師を数名残してくれた。
どうやら爆破を仕掛けた者達はすでに捕らえられているようで――対応は迅速だ。
ここまで騒ぎが大きくなれば、おそらく始末屋とロットが仕掛けてくることはないだろう。
少なくとも、ここにいる全員を相手取ることは彼らにとっても得策ではない。
「リオ……ごめんなさい、私のせいで……っ」
フィーナはリオの手を握り、目に涙を浮かべながら謝罪の言葉を口にした。
フィーナのせいではない――けれど、そんな言葉すら口にできる状態ではなく。ただ、
(一先ずは……フィーナが無事で、よかった――)
リオは安堵して目を瞑ると――そのまま意識を失った。




