33.一瞬の
――その顔には見覚えがある。
以前に決闘において、リオが負かした相手だからだ。
「あなた、は……」
「ロット・アルダン――だっけ」
リオはフィーナを庇うように彼女の前に立ち、その名を口にした。
ロット・アルダン――フィーナの護衛になるはずだった男。
リオに負けた後、姿を消し――ヴェルター家との関係は断ったという話は聞いた。
当然、この場にいるのはヴェルター家に雇われたからではないだろう。
ロットはすでに剣を抜いた状態で――リオと対峙する。
向けられているのは、明らかな殺気だ。
「俺達の狙いはフィーナ・ヴェルター。学園内にも協力者を仕込んでおいたわけだが……こんな簡単にやられてたんじゃ世話ねえな」
ロットは呆れたような物言いをした。
先ほど、リオが気絶させた若い講師のことだろう――以前とは少し、ロットの雰囲気も違う。
言葉遣いは荒くなり、何より彼がリオに向けるのは強い殺意だった。
フィーナを狙っている――その言葉に嘘はないのだろうが、彼の狙いは別にあるように思える。
「何故、あなたがここに?」
「おいおい、今説明しただろう? フィーナ・ヴェルターを狙ってるんだ。護衛の仕事がクビになったもんで――こうして雇われの剣士としてここにいるのさ」
ヴェルター家での決闘において、リオに倒され――今度はそのヴェルター家の令嬢であるフィーナを狙う側になったというわけだ。
雇われの剣士――彼は傭兵だと聞いている。
確かに、傭兵という立場であるのなら、依頼があってそれを受けたのであれば――今の状況を責め立てられる謂れはないのかもしれない。その上で、
「最低だね、あなたは」
リオは冷たい視線を向け、軽蔑するように言い放った。
ヴェルター家とは少なからず仕事を共にしていたはず――アーノルドもまた、彼に対しては一定の信頼を置いていたからこそ、フィーナの護衛を任せようとしていたのだ。
それなのに――フィーナを狙う側に回るなど、どういうつもりなのか。
「自覚はあるさ。だが、俺の狙いはそこのお嬢様じゃない――お前だよ」
ロットはリオを指差しながら言った。
リオは思わず、疑問の声を漏らす。
「……わたし?」
「そうだ。情けない話だが、俺はお前に負けてこうなっちまった」
負けてこうなった――つまり、リオとの決闘での敗北で、ヴェルター家との関わりを断ち切ることになった、ということか。
護衛の仕事を失って、その結果――狙う側につく。
だが、決闘を受けたのはロットであり、リオがフィーナの護衛になったのは正当な手続きを得たもの。
――護衛でありたかったのなら、決闘などやらなければよかっただけの話で。
「それこそ逆恨みだよ」
そう、ロットのそれは逆恨みなのだ。
それに、リオに恨みがあるのであれば――フィーナを狙う必要などどこにもない。
いつでも、リオに対して恨みを晴らしにくればいいだけのことだ。
それをせずに――回りくどいやり方でヴェルター家と対峙するのは、何者かに唆されたからか。
どうあれ、ロットという人間がどこまでも落ちぶれたということだけは分かる。
そんなリオの指摘に対しても、自嘲気味な笑みをロットは浮かべる。
「はっ、逆恨みか――否定はしない。今度は、殺す気でやるがな」
ロットは床を蹴って――リオとの距離を詰める。
リオは先ほど倒した講師が身に着けていた短剣を拾い上げ、ロットの一撃を防いだ。
リオの後ろにいるのはフィーナだ――この一撃を避けるわけにはいかない。
だが、刃を合わせた瞬間――全身に痛みが走る。
「っ」
「どうだ、少しは効くだろ?」
ロットが剣に雷の魔術を付与している――刃を合わせるだけで、その魔術がリオに襲い掛かるのだ。
以前に披露していた魔術であるが、避けられない以上は受けるしかない。
そして、雷の魔術の痺れは――身体の動きを鈍らせる。
その一瞬が――命取りとなる世界だ。
「リオっ!」
フィーナが叫んだ――もし、彼女がリオに触れれば、そのまま同じように雷の魔術が彼女に感電する。
だから、一歩たりとも後ろに下がるわけにはいかない。
リオは即座にロットの腹部を狙い――蹴りを入れる。
「ぐっ!?」
呻き声を上げながら、ロットが教室を転がっていった。
雷の魔術を受けても――リオは十分に動ける。
そのくらいの訓練は――幼い頃に受けてきた。
「――お嬢様はそこから動かないように」
念を押すように、リオはフィーナに告げた。
その言葉に従って、フィーナは少し後方へと下がり、距離を取る。
この場において――フィーナが役立てることはない。
リオは真っすぐ、ロットの方へと向かっていった。
「……上等だぜ」
ロットは口元から少し流れ出た血を拭いながら、剣を構える。
そして、リオが近づくと同時に振るう――剣が雷の魔術を纏っている以上、斬り合うのは得策ではない。
故に、リオは回避に徹する。
以前とは違い――ロットは本気でリオを殺そうとしている。
そこに隙はなく、軽々と気絶させて終わらせることはできなさそうだ。
だが、リオはロットを殺すつもりはない――剣撃を避け、打撃で応戦しながら確実な隙を狙う。
実際、リオの打撃はロットに効いているようで、明らかに受けるのを嫌がり始めていた。
苛立ちを隠せない様子で、ロットが言い放つ。
「ちっ……! この俺を舐めてるのか……!?」
「何が」
「どうしてその短剣で攻撃しない!? 突き立てるなり斬りつけるなりあるはずだろう!?」
「……」
ロットの言葉にリオは答えない――確かに、確実に仕留めるのであれば、拾った短剣を使うのが手っ取り早いのは確かだ。
だが、それはあくまでリオにロットを殺す気があればの話――何も他に理由がないわけではない。
ロットを捕らえ――情報を吐かせることも必要だ。
問題はロットを捕らえた後の話だ。
再び始末屋が姿を見せる可能性がある――リオが見据えているのは、次の戦いなのだ。
そんなリオの考えを知ってか知らずか、ロットは激昂する。
「小娘が……!」
だが、感情に任せて剣を振るえば、確実に隙が生まれる。
ロットの剣術が乱れた――その瞬間は、リオにとって待ち続けていたものだ。
次の一撃で決める――ロットの一撃を避けた時だった。
視線の端に見えたのは始末屋の姿――そして、フィーナに対して放たれた一本のナイフに気が付く。
当然、フィーナは気付いていない――否、気付いていたとしても、彼女では防げないだろう。
リオは目を見開いた――すぐに自身の持つ短剣を投擲する。
短剣とナイフはぶつかり合って、音を鳴らした――フィーナはその音で、ようやく何かが飛んできたことに気付いたようだった。
それは全て、ほんの一瞬の出来事――ロットさえも、リオが短剣を手放したことに気付いていないだろう。
だが、リオにできたわずかな隙は今の状況ではあまりに大きく――ロットの繰り出した一撃を、避けることができなかった。




