25.そういう感情
「お嬢様、どうしてここに?」
「どうしても何も、全然来ないから心配してきたんじゃない」
「心配? わたしを?」
リオは思わず、フィーナにそんな風に問いかけた。
「もちろん。何かあったんじゃないかって思うでしょう」
「旦那様に呼ばれただけですが」
「それは知っているけれど、遅かったら心配するのが普通のことよ」
「そう、ですか」
それが普通のこと――その言葉に、リオは一つの事実に気付かされた。
リオもまた――フィーナの身を案じている。
常に明るく振る舞っているが、誰よりも魔術に対して真剣で努力を積み重ねる姿を見て――リオはすでに、フィーナに情に近い感情を抱いているのだ。
だから、アーノルドの悩みについても理解できるし、魔術師として成長している彼女のことを――応援している立場に立ったのだ。
(わたしは――そういう感情には縁がないと思っていたけど)
リオ自身、驚いていた。
仕事だから引き受けただけだと、そう思っていたのに――それくらいの感情は彼女に抱いてしまっていること。
あくまで仕事だと割り切れる人間だと思っていたのに。
だから、リオも悩んでいるのだ――フィーナを守るために彼女を狙う者を殺すことになれば、それはレイシアとの約束を破ることになる。
どうするべきか――リオは迷っているのだ。
「――そうだ。一つ思い出したことがあって」
「思い出したこと?」」
「欲しい本があるの。魔術に関する本なんだけれど、買い物には必ず護衛を連れるようにって言われているから――一緒に来てくれる?」
「そういうことなら、ついていきます」
「決まりね!」
フィーナはリオの手を握ると、また走り出した。
「廊下を走ると怒られますよ」
「大丈夫! リオと一緒だから!」
リオと一緒にいるからといって、怒られることには変わりはないはずだ――ただ、リオの手を握って走る彼女はどこか楽しそうだった。
(わたしは――この子を守りたいとは、思っている)
その気持ちには気付いている――それでも決められないのは、レイシアとの約束もまた大事なことだと理解しているからだ。
屋敷を出たところでようやく足を止めたフィーナは、呼吸を整えながら言う。
「ふぅ――それで、お父様とどんなお話をしていたの?」
「! どうしてですか?」
「だって、お父様がリオを呼び出すなんて初めてのことでしょう? リオもちょっと元気がなさそうに見えたから」
「――」
フィーナの言葉に、リオは目を丸くした。
リオは元来、表情を表に出さないタイプで、雰囲気でも悟られるようにしていない――つもりだった。
それでも、フィーナはリオのわずかな変化を見落とさなかったのだ。
あるいは、フィーナに悟られるほどに、リオの表情に変化があったのかもしれない。
リオはそれでも、いつもと変わらない口調で答える。
「最近――お嬢様の学園での状況を聞かれました」
「私の?」
「はい。魔術師として成長されていると、そう報告させていただきました」
これは事実だ――近況を聞かれたので、アーノルドには素直にフィーナの成長を伝えた。
「えへへっ、なんかそう言われると照れる――って、ならどうして落ち込んでたの?」
「……お嬢様の成長が早いので、少し哀愁を感じていました」
「あ、哀愁? 私はまだまだリオにはいっぱい教えてもらいたいよ!?」
咄嗟に出た言い訳であったが――どうにか誤魔化せたようだ。
実際、彼女の成長の早さには驚かされる。
今も魔術の本を買って自分で学ぼうとする貪欲な姿勢こそ、成長の秘密なのかもしれない。
そんな彼女だからこそ――リオもまた、魔術を教える気になったのだから。
リオはフィーナに付き従って、彼女が欲している本を取り扱っている書店へと向かう。
今回は屋敷からそれほど離れていない場所にある書店のために歩きだった。
つい先ほどのアーノルドとの話もあるため、リオは警戒を怠らない。
すぐ近場であるからといって、油断するような真似はするつもりはなかった。
「リオも何かほしい本とかない?」
書店に向かう途中、フィーナが問いかけてきた。
「わたしのことはお気になさらず」
「せっかく本を買いに行くなら一緒に、とも思ったんだけど。気分転換にもなるだろうし」
気分転換――その言葉は、リオに対して気遣っている部分があるのだろう。
リオがどこか浮かない顔をしていたから。
「今日はお嬢様の必要な本を探してください。プレゼントは以前にもらったばかりですし」
「でも、せっかく出掛けたのならどこか寄り道とか――」
「お嬢様」
「……はーい」
リオの言いたいことを察してくれたようで、フィーナは少し唇を尖らせるようにしながらも、素直に返事をした。
そんな彼女の様子を見て、リオは言う。
「……帰ったら魔術の稽古もありますから」
「! そ、そうだよね、早く用事は済ませないと……!」
魔術の稽古――その話をすると、フィーナは途端にやる気を出す。
大体はフィーナがリオを誘うので、リオから魔術の稽古の話題を出すことは少なかった。
それも相まってか、フィーナはいつもよりどこか嬉しそうに見える。
そんな話をしている間に――目的地に辿り着いた。
「――たぶんこの辺にあると思うんだけど……」
フィーナが書店で本を探している間も――リオは常に周囲の様子をうかがっている。
今までに大きな問題が起こったことはない――だが、どうやら今日に限っては違うらしい。
アーノルドがリオを呼び出したのは、おそらく和平交渉に進展があったためだ。
だから、フィーナの周りで何か動きがなかったか――それを案じていたのだろう。
結果として、その不安は的中したというべきか――こちらの様子を窺う者がいる。
書店に到着した頃だろうか、視線がいくつかフィーナに向けられていた。
フィーナは貴族の令嬢――外を歩くだけでも、多少なりとも視線を向けられることはある。
その視線が、単純にフィーナに向けられる好意的な視線ならば何も問題視はしない――悪意があるのであれば、話は別だ。
「あった! すみません、これください!」
フィーナはお目当ての本を見つけて会計を済ます。
リオはフィーナからなるべく離れないようにしながら、書店の外へと出た瞬間――
「お嬢様、失礼します」
「? どうし――へっ!?」
フィーナは驚きをの声を上げた。
――リオはフィーナを抱きかかえると、地面を蹴り上げるようにしてそのまま高く跳び上がったのだ。




