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20.感謝の印

「お嬢様がほしい物はなかったんですか?」

「私のことはいいからっ。リオがほしい物はないの?」


 フィーナのために寄り道をしているはずなのだが――何故か、リオのほしい物探しのようになっていた。

 ――とはいえ、いきなり聞かれても何か思い浮かぶわけでもなく、


「わたしは、別に……」


 リオはそんな風に答えた。


「何かあるでしょう? 部屋に飾りたい物とか」

「飾りたい物……」


 リオが現在暮らしている部屋は、ヴェルター家の敷地内の寮だ。

 その部屋は――置物などは一切なく、かなり質素な物になっている。

 一応、借りている部屋での生活はある程度の自由が許されており――他のメイド達は各々の趣味に寄せているようだった。

 リオの部屋にあるのは、手紙を書くための紙とペンに、着替えなど必要最低限の物――あとは、戦いに使う武器だ。

 元々、趣味があるわけでもないリオにとっては――部屋に何かを飾ろうという発想自体がない。

 あえて言うのなら、身体を休める場所――それだけなのだ。


(思いつかない、けど)


 ちらりと、リオはフィーナの方を見る。

 フィーナはリオの答えを待っている――『何もない』と答えるのは憚られる感じがしてしまった。

 そうして、棚に並んだ商品に再び視線を向けた。

 そんな中で何となく、視線が合った――とでもいうべきか。

 脱力したドラゴンのぬいぐるみが、つぶらな瞳でこちらを見ている気がした。

 間の抜けた顔をしていて――何故かリオもじっと見てしまう。

 フィーナもそんなリオの視線に気付いたらしく、ぬいぐるみを手に取る。


「このぬいぐるみ?」

「何か、変なぬいぐるみだなって」


 リオに手渡され、改めてそのぬいぐるみを見る。

 脱力ドラゴンとでも言うべきか――赤色を基調とした布地で作られているが、身体は丸々としている。

 本来――ドラゴンというのは魔物の中でも最上位に位置するもの。

 そんなドラゴンをぬいぐるみにしようという発想――誰が作ったのか分からないが、脱力ドラゴンは一つしかないようだった。


(ほしいかって言われると……)


 ――正直、よく分からない。

 そんな脱力ドラゴンと見つめ合っていると、フィーナはリオからぬいぐるみを一度取り返し、


「これください!」


 そう店主に向かって言った。


「はいよ。包みは必要かい?」

「いえ、このままで大丈夫です!」


 店主とそんなやり取りをして――フィーナが結局、雑貨店で買ったのはそのぬいぐるみだけだった。

 店を出ると、フィーナはそれをすぐにリオに手渡す。


「はい、これプレゼント!」


 ――リオにほしい物を聞いて買ったのだから、そうなるだろうとは思っていた。

 リオはフィーナから脱力ドラゴンを受け取る。

 じっと、やる気のない瞳がリオを見つめていた――果たして、本当にこれがほしい物だったかどうかはともかくとして。


「……どうして、わたしに?」


 リオにとって、純粋な疑問だった。

 

「魔術の稽古、付き合ってくれているでしょう? そのお礼がしたくて」

「お礼、ですか。わたしはあくまで――」

「仕事、って言うんでしょう? 魔術の稽古は仕事じゃなくても付き合ってくれているし」

「それは、そうですが」

「でも、リオのほしい物って分からないから、選んでもらおうかなって」


 雑貨店に寄った理由は――どうやらフィーナがほしい物を買うためではなく、リオに何かプレゼントがしたかったようだ。

 時々、馬車の中でリオに趣味の話などを振ってくることはあったが、どうやらこの布石だったらしい。

 ――結局、リオのほしい物を見つけるなら、直接連れてきた方が手っ取り早いということになったのだろう。


「リオがいてくれたから、今も学園に通えているわけだし……」


 少し恥ずかしそうにしながら、フィーナは続けた。

 ――日頃の感謝を伝えたい、そういうことなのだろう。

 思えば――フィーナに初めて出会った時も、彼女は父へのプレゼントを買うために出掛けていた。

 ただ、護衛の仕事という性質上――彼女が学園に通う必要がなくなれば、護衛の仕事の契約に影響する可能性はある。


「魔術の稽古に関しては――わたしのためでもあります。学園に通うお嬢様の護衛としての役目がありますから」


 そう――だから、特別なことはしていない。


「それでも嬉しかったの! だから、感謝の印として、ね?」


 さすがに必要はない――と無碍にするような話でもないのだろう。


「――そういうことでしたら、ありがとうございます」


 ――リオは素直に受け取ることにした。

 人から感謝されて、何かをプレゼントされる経験は今までになかった。

 リオはふと、雑貨店の窓に映った自分の満更でもない表情を見て――フィーナに見られないように顔を背ける。

 リオとの稽古の成果もあって、以前よりもフィーナの魔術はずっと安定している――少しずつだが、確実に成長しているのだ。

 そして、リオとフィーナの関係も、少しずつだが変化していた。

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