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2.真っ当に

 ――鬱蒼とした森の奥地にその施設はあった。

 通常、こんな場所に作られる建物と言えば、たとえば傭兵崩れの山賊の根城や、国境近辺で敵国からの奇襲を監視するための要塞などが主流である。

 だが、そこはどれにも該当しない――中に入ることも簡単ではないが、外に出ることも許されないような頑強な壁に覆われていた。

 何らかの施設でありながら、異質な雰囲気を放つ――外観だけでは何も分からない。

 そんな施設の一室――外の景色を見る窓もない、薄暗い部屋の中に一人の少女がいた。

 年齢は八、九歳くらいか――生気のない瞳をしていて、その手に握られているのは一本の短剣。

 ただ、握っているが構えはしない――そんな少女に向き合うのは、長い赤髪の女性だった。

 黒い革製の服に身を包み、手に握るのは鮮血に染まった直剣。

 ここに来るまでに――すでに何人か斬り殺した後だった。

 彼女が歩いた後には血の跡が続いており、倒れ伏している中には――少女に近しい年齢の子供の姿もある。

 女性の名はレイシア・シャウネル――腕利きの傭兵として知られており、そんな彼女がここに来たのも仕事の依頼を受けてのこと。

 レイシアは、血に染まった剣――少女へと向けた。

 そこには明確な殺意があり、少女にも伝わっているのだろう。

 けれど、少女はレイシアに剣を向けられても、抵抗する意思を示さなかった。


「何故、抵抗しない?」


 レイシアは純粋な疑問をぶつける。

 ここにいたのは子供達は例外なく、全員がレイシアを殺すために襲い掛かってきた。

 そういう風に育てるための施設であると理解するのは、さほど難しいことではない。

 彼らの放つ殺気、そして実力はとても加減できるようなものでなく――何より、生かして外に出していい存在ではなかったのだ。

 だから、レイシアはここまでに襲い掛かってきた者を全員、斬り殺した。

 そうすることが正しいと判断したからだ。

 同時に――この施設の異常さをレイシアが理解しているからこそ、目の前の少女に疑問を感じざるを得なかった。

 こんな施設にいるというのに――レイシアから殺意と、実際に剣を向けられても、手に握った短剣で抵抗しようとしない少女もまた、異質なのだ。


「命令、ないから」

「……なに?」

「あなたを殺すっていう、命令を受けてない」


 真っすぐレイシアを見据えて、少女は起伏のない声でそう答えた。

 命令――その言葉を受けて、レイシアは眉を顰める。

 命令があれば殺す――だが、命令がないのであれば、何もしない。

 少女の言葉をそのままに受け取れば、そういう意味になる。

 少女はそういう教育を施されて生きてきた――ということだ。

 それが事実であるのなら、少女はレイシアに剣を向けられたとしても――抵抗をするつもりはない。

 このままレイシアが少女を殺すために斬りかかったとしても、何もするつもりはないということだろう。

 レイシアが剣を振り上げる――だが、少女はやはり、逃げようともしなければ防ごうともしない。

 ただ、真っすぐレイシアのことを見つめるだけ――待っていれば、死ぬだけだ。

 それが分かっていたとしても、少女は動くことはない。

 命令のままに動く人形――そう表現するべきだろうか。

 レイシアの視線は、少女の足に向けられた。

 少女の両足には鎖が繋がった枷がつけられており、普段から行動を制限されていることは分かる。

 少女の運命は――レイシアに全て委ねられたのだ。


「――いっそのこと、抵抗してくれた方がよかったのだが」


 レイシアは小さく溜め息を吐くと、そのまま剣を振り下ろす――そして、少女の自由を奪っている鎖を切断した。

 結局――剣を振り下ろしても、少女は何の抵抗もしなかったのだ。


「……?」


 少女はレイシアの行動が理解できないようで、ただ不思議そうな表情を浮かべていた。

 鎖を切断されて、逃げ出すわけでもなく――その場に座り込んだまま、レイシアにまた視線を向ける。

 そんな少女に対し、レイシアは剣を鞘に納めると――手を差し伸べた。


「この施設にはもう、お前に命令を下す者はいない」

「そう、なんだ」


 レイシアの言葉の意味は理解できているようだ――そう、この施設の生き残りは少女だけ。

 だから、命令で動くという少女は――ここから逃げることもしない。

 仮にここでレイシアが斬り殺さなかったとしても、死ぬまでここにいるのかもしれない。

 そんな少女に――レイシアは言い放つ。

「お前が決めろ――この手を取って私と来るか、それともここに残って死ぬか」

 すでに施設には火の手が回り始め、この部屋にも迫りつつある。

 レイシアが襲撃した際に、施設にいた者が火を放ったようだ――何一つ、証拠を残すつもりはないということなのかもしれない。

 時間の猶予はない――少女がレイシアの問いの意味を理解しているかも怪しい状況だ。

 それでも、レイシアは少女に選択する権利を与えた――しばしの静寂の後、少女はゆっくりとレイシアの手を取る。


「一緒に、行く」

「――そうか」


 レイシアは少女の手を取って、すぐに燃え盛る施設からの脱出を図る。

 火の海に包まれた施設から助け出されたのは――一人の少女だけだった。

 レイシアは燃え盛る施設を見据えながら、少女に言う。


「お前は――私が教育してやる」

「……教育?」

「ああ、真っ当に生きられるようにな」

「……真っ当って、どういうこと?」

「そういう疑問を持たないようにすることからだな」

「……」


 レイシアの言葉に対し、少女は答えなかった。

 ――この少女がレイシアの言う通り、真っ当に生きられるかどうか分からない。

 ただ、この日から、少女――リオ・ルーエンは新しい人生を生きるという選択をしたことに間違いはなかった。


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