18.頑張る姿
「もう一度聞きます。あなたは、何になりたいんですか?」
「私は……」
リオの問いかけに、フィーナは答える。
「私は――母のような魔術師になりたい。帝国魔術師団の、筆頭魔術師に……!」
口にしたのは、フィーナの夢――魔力がフィーナの身体から溢れ出した。
そして、リオに向かって魔術が放たれる――今度は、その魔力の性質は火へと変わった。
火球が生み出され、真っすぐリオへと向かってくる。
火の魔術としてはもっとも簡易のものだが、確かにそれは攻撃魔術だった。
リオはそんな火球を軽々と受け止めると――手で弾くようにして消し飛ばす。
魔力を使えば、魔術を防ぐことはそれほど難しいことではない。
宣言通り――リオに怪我はなかった。
無論――威力の高い魔術であれば話は別。
だが、今のフィーナに放てるのはこの程度――筆頭魔術師を目指すというには、あまりに粗末なものだ。
それでも、今のフィーナにとっては十分な進歩であり、フィーナは脱力するようにその場に座り込む。
「や、やった……?」
フィーナは信じられないといった様子の表情を浮かべていた。
自身の手を何度も確認して、攻撃魔術が打てたという事実を認識する。
ようやく、フィーナはすぐにハッとした表情をして、
「リオ、怪我は……!?」
慌ててリオの下へと駆け寄った。
魔術が打てたことに喜ぶよりまず、リオの心配するのが彼女なのだろう。
思わずそんな姿を見て、呆れたような表情を浮かべつつ――リオは自身の掌を見せて言う。
「言ったじゃないですか、怪我なんてしませんよ」
「……よかった」
その言葉を聞いて、フィーナは安堵した様子を見せた。
せっかく攻撃魔術が上手くできたというのに――やはりフィーナはお人好しだ。
ともあれ、フィーナが攻撃魔術を成功させたのは紛れもない事実で。
「やればできるじゃないですか」
リオは素直にフィーナを褒め称えた。
すると、フィーナは嬉しそうで、それでいて恥ずかしそうな表情を見せる。
「その、リオのおかげだよ」
「――ですが、お嬢様。あなたの目指す魔術師の姿は、時には人を傷つけることもあります」
「!」
リオの言うことは事実だ――フィーナはまだ、スタートラインにすら立てていない。
帝国魔術師団の筆頭魔術師――それは、この国においては最高峰の魔術師であるということ。
簡単に目指すと口にしただけで、なれるような存在では到底ないはずだ。
彼女が本当に『正義の味方』と呼ばれるような、そんな魔術師に憧れているのだとすれば――魔術を打つことに躊躇いがあってはならない。
「――なので、これからはわたしが魔術の稽古に付き合います」
「! い、いいの……?」
リオの言葉に、フィーナは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
――実際、フィーナの魔術の稽古は一筋縄ではいかないだろう。
それに、リオはあくまでフィーナの護衛という立場がある。
「わたしの仕事ではないですが――今のところは暇なので」
だから、護衛の仕事の合間に、という条件だ。
護衛の立場としても、魔術の稽古でこれ以上、怪我を増やされても困る。
リオはフィーナの傍に常に控えているわけで、見守るのも魔術を教えるのもそう変わらないだろう。
だから、リオの負担がそこまで増えるわけではない。
フィーナはリオの手を取る。
「……本当に、ありがとう。リオ――あなたに出会えてよかった」
そんな風に感謝の言葉を述べた。
真っすぐな言葉を向けられ、リオは少し困惑しながら視線を逸らす。
「……大袈裟、これくらいのことで」
なるべく使うようにしている敬語も――使えなくなるくらいには動揺してしまっていたらしい。
その日から――リオはフィーナの魔術の稽古の指南役を担うことになった。
最初は他のメイド達も、リオが稽古に付き合っている姿に驚いていたようだが、フィーナが攻撃魔術を問題なく使えるようになっていく姿を見て、それもまた日常の風景となっていく。
当然、たった数日で安定して魔術が使えるようになるのなら苦労はしない――成功率はまだ低く、彼女がトラウマを克服したとは言い難いだろう。
それでも勝負強さはあったようで――講師の言っていた実技の試験は無事に突破することができた。
他の生徒達も、フィーナのことを陰ながら心配していたようで――無事に試験を突破したことで祝福を受けたようだ。
だが、そんなフィーナは試験が終わるとすぐにリオのところに飛んできて――勢い抱き着いてくるくらいだった。
一番に報告したかった相手は、リオだったのだろう。
勢い余って二人で転ぶ姿を周囲に見られたのは、さすがにリオも恥ずかしい思いをしたが。
――フィーナが試験を突破した日の夜、リオは手紙を書いていた。
相手はレイシアで、定期的に送っている近況報告だ。
リオの魔術の稽古に付き合うことになったことや、無事に魔術の試験を突破できたことを綴る。
こうして改めて手紙に書いていると――自分でもやっていることが信じられなかった。
「――頑張る姿は応援したくなる、ということかな」
あえて理由をつける必要はないが、リオがどうして彼女の稽古に付き合ったのかとすれば――それくらいしかない。
彼女のひたむきな様は、本来感情の乏しいリオにもそういう気持ちを抱かせるのだろう。
仕事はどこまでも順調で――フィーナの学園生活も、いい方向に傾きつつある。
何も問題はない――そう、手紙には綴った。
***
同じ頃――人通りの少ない路地裏に、一人の男の姿があった。
片手には酒瓶を持ちながら、ふらふらとした足取りを見せる。
男はロット・アルダン――本来、フィーナの護衛となるはずだった男だ。
アーノルドにも個人的に雇われる立場にあったが、あのような敗北の仕方をしては――もうヴェルター家に顔出しなどできるはずもない。
治療を受けた後は、行方をくらましていた。
元より――負けるつもりもなく受けた決闘で、あんな醜態を晒しては、ヴェルター家から依頼を受けられるはずもない。
何より、ロットは自信を失っていた。
ロットよりも年下の少女に、文字通り手も足もでなかったのだ――あの日から仕事もせず、酒を飲むだけの日々が続いている。
「くそっ、あの小娘……俺が油断さえしなければ」
誰にするでもない言い訳を口にして――酒瓶を口に運ぶ。
途中、ゴロツキにぶつかって殴られても――抵抗することもなくそのまま、やられ放題だった。
そんな彼の前に現れたのは――フードを目深に被った人物だった。
「ひどい有様だね」
「……誰だよ、お前は。見世物じゃないぞ」
ロットはそう言って、酒瓶を放り投げる。
フードの人物は酒瓶を掴むと、そのまま地面へ置いて話を続けた。
「ロット・アルダン――傭兵としての経歴は優秀だ。戦力としては期待できる」
「……なんだ、俺を知っているのか」
「当然――君ほどの実力のある者が、こんなところで何をしている?」
「見ての通り、酒を飲んでいるのさ。もう切らしてしまったが」
「せっかく酒を飲むのなら、もっと旨い酒を飲みたくはないかい?」
「……? どういう意味だ?」
「――復讐の機会を与えてやるってことさ」
――ロットに対して、フードの人物はそんな提案を口にした。




