17.約束
「では早速――魔術を放ってみてください」
「は、はいっ」
フィーナはすぐに設置してある的の方に視線を向けた。
魔術を放て――そう言われたら、狙うのは的と思うのが普通か。
だが、リオはフィーナの狙った方向にあえて立つ。
「! リオ……? 危ないよ?」
「的にではなく、わたしに向かって魔術を放ってください」
「……え?」
リオの言葉に、フィーナは目を丸くした。
まさか、そんな指示を受けるとは思っていなかったようで。
「リ、リオに対して魔術を……!?」
「はい」
「そ、そんなことできないよ!」
途端に、動揺した様子を見せるフィーナ。
魔術を人に向けて放つ――それが、リオが考えた稽古であった。
「できないではなく、やるんです」
フィーナが否定しても、リオは強い口調で言い放った。
どうあれ――的を狙って魔術の稽古を続けていては、今までと何も変わらない。
「なんで、そんなこと……」
「魔術の訓練や稽古で人に向かって魔術を放つのは普通のことです」
「そ、そうだけど――」
「それこそ、授業においても今後はそういった機会も増えるはず――だからこそ、攻撃魔術を満足に使えない現状に問題があるのでは」
「そ、れは……」
リオの言うことが正しい――それを理解しているからこそ、フィーナは否定できない。
やがて、フィーナは意を決した表情を見せると、リオに対して魔術を発動しようとする。
だが――その手は震えていて、的を狙う時よりもさらに魔力は不安定になってしまっていた。
「っ、やっぱり、できないよ」
フィーナはその場に座り込んでしまう――人に向かって魔術を放とうとすることすらできない。
初めて彼女と出会った時もそうだった――フィーナは自身を誘拐しようとした相手に咄嗟に攻撃魔術を放とうとするが、失敗に終わった。
追い詰められた状況であったにもかかわらず、できなかったのだ。
だが、魔術の訓練を長時間続けるだけの体力があり、魔力量も十分――魔術師としての才能は、確かにフィーナにはある。つまり、
「――攻撃魔術を苦手としているのは、何か事情があるのでは?」
そう、リオは推測を口にした。
これはあくまで仮定の話――だが、フィーナの表情はリオの言葉の正しさを裏付けるものだった。
やがて、俯き加減のままにフィーナは言う。
「……私のお母様は、帝国でも有数な魔術師だったの」
――それが、フィーナの母の話だった。
帝国の生まれであるフィーナの母は、魔術師として多くの者にその名を知られていた。
過去には大きな事件を解決したこともあり、フィーナが幼い頃から多くの者に頼られる――立派な魔術師であった。
そんな母の姿を見て育ったからだろう――フィーナは母のような魔術師に憧れるようになる。
いつか、自分も母のように強く、頼られる魔術師になりたい、と。
「そんなお母様の姿は、私にとって『正義の味方』そのものだったから」
「――」
リオは少し驚いた表情を見せた。
そして同時に、納得する――彼女が『正義の味方』という言葉にこだわっていた理由だ。
リオに助けられ、そんなリオの姿が――もしかすると、フィーナからすれば母の姿と重なったのかもしれない。
「リオと一緒にいたいって思ったのは、あなたが『正義の味方』って言葉を口にして、本当に……すごく感動したの。私のことも助けてくれたから。だから、護衛をつけるって言われてたことを思い出して、リオがいてくれたらいいなって、思って」
フィーナがリオを護衛に推した理由もまた、そこに繋がってくる。
フィーナはそのまま、言葉を続ける。
「お母様は、私の小さいことに亡くなってしまったけれど、一緒に過ごしたのは大切な思い出なの――でも、一つだけ」
――フィーナにとって、忘れられない記憶があるという。
「何があったんです?」
「――お母様を、傷つけてしまった」
フィーナはまた、暗い表情を浮かべたままに話した。
魔術師に憧れていたフィーナは――一度だけ、母と共に魔術の稽古をしたことがあるという。
そこで母に教わった魔術を使い、フィーナは見事に成功させた。
そう、成功させてしまったのだ――その魔術は、母に対して怪我を負わせてしまうほどの威力で。
幸いにも軽いケガであったが、フィーナにとってはずっとその一件が心に深く刻まれてしまっていた。
母が亡くなったのも、そんな稽古の日から数日後――トラウマになるには十分な理由だ。
「おかしな話、だよね。お母様のような人々を守れる魔術師になりたいのに、私は――人を傷つけることに怯えて、魔術を上手く使えないの」
フィーナが抱えている問題を、リオは理解した。
彼女が攻撃魔術を扱えない理由、それでも使いたい理由――憧れとトラウマが、彼女の心を縛っている。
リオは一通り、フィーナの事情を聞いた上で静かに口を開いた。
「根本的に、性格が戦いに向いていないですね」
「っ……」
フィーナの表情は悲痛なものであった。
事情を話した上で突き放されるような言葉を言われるとは思っていなかったのかもしれない――けれど、今の彼女に必要なのは慰めではないはずだ。
「対人においては魔術の使用に迷いがあっていいはずがありません。今のように甘い考えのままでは、どうあれ魔術師になることなど不可能」
「甘く考えて、なんか……」
「本当に魔術師になりたいのなら――全力でわたしに魔術を打って」
先ほどよりも真剣に――リオはフィーナに向かって、『全力』で魔術を放つによう言い放った。
フィーナにはまだ迷いがある。
けれど、リオの表情見て、その意思を汲み取ったのだろう――立ち上がると、再び魔力を練り上げた。
先ほどとは違い、今度は魔術が発動する――だが、寸前のところで、魔術は暴発してしまった。
「きゃっ……」
小さな悲鳴を上げながら、フィーナは尻餅をつく。
包帯を巻いた手には、血が滲んでいた。
「やっぱり、打てない」
もはや諦める寸前だ――いつ、心が折れてしまってもおかしくはないだろう。
そんなフィーナに対し、リオは言う。
「――その程度の夢だった、ということですか?」
「! そんなことは……」
唇を噛みしめ、拳を強く握る――リオの言葉に悔しさを感じている。
だが、かろうじて――フィーナは再び立ち上がり、リオに向かって魔術を放とうとする。
その手は震えていて、どうしても迷いを拭えていないようだった。
「――一つだけ、約束します」
「……約束?」
「わたしは絶対に傷つかないですから」
「!」
彼女が人を傷つけることに躊躇いがあるというのなら、まずはその一点だけ。
一歩でも、進まなければ始まらない。
フィーナの迷いは消えていない――そう簡単に消えるのなら、苦労はないだろう。
あとは――フィーナ次第だ。
リオにできることは、彼女を待つことだけ。
もし、次に魔術を打てなかったら――いよいよ、フィーナは魔術師を目指すのを諦めた方がいいだろう。
その瀬戸際で、フィーナはリオに構えた。




