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短中編「堕天使受肉体愛好家の『A』」
毎日2エピソードずつ鋭意連載中!
彼女がすうっと目を細める。透き通るブラウンだった瞳が、光の反射を遮られてその色を深くした。
天使が天にも昇るとか上手い比喩使ってんじゃねえ。そういうのがますます恐怖に拍車をかけるんだよ。
やられた。俺は欲望を向ける側から、向けられる側へと陥落したんだ。
狩る側から狩られる側へと。第一の使徒から第十三の使徒へと。イルカに芸を仕込む飼育員から、イルカに芸を仕込まれる飼育員へと。
身に迫る恐怖のあまり言語野が大混乱だ。
今の俺の脳ミソには、やんごとなき御方の子孫が堕落したらどんな有様をさらすのかなんて想像をする余裕はない。
とにかく、天使と悪魔のチート級ハイブリッドに特殊性癖をぶつけられることが恐ろしくて堪らない。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、蔦原カエデは微笑みを顔いっぱいにたたえながら、二歩三歩と近づいてくる。
「もし許されるなら、今、君が欲しい」
ああくそ!こういう時だけ『君』呼ばわりはズルいんだっての!
騙されんぞ。騙されんけど、もっと君って呼ばれたい。
そしてその唇、わかってるんだ。一直線に俺の唇を狙い定めていることを!
食い物にされるとわかっているのに、身体は裏腹に堕落を求めている。その唇が重なる時、この世のものとは思えない快楽が得られることに気づいている。
そうか、俺に魅入られて堕天させられた女子たちは、こんな気分だったんだな。
形の良い唇から目が離せない。
ヒトの唇はどうしてこんな風に快楽器官としての進化を遂げたのだろう、などと右脳で考えながら、左脳ではどうやってこの状況を脱しようかと考えている。
しかし本気を出した天使から無事に逃れられる方法を俺は知らない。
全身から力が抜けていく。天使の唇は目前だ。
さようなら、俺の十七年間。これで人生終わるのか、ヒトならざるものに変わるかは知り得ないが、中野カズハは之にて終了だな。
そんな諦観の念が両の目蓋を閉じさせ、俺人生史上最高に自然体なキス顔ができた(ような気がした)その時、誰かが耳元でため息をついて囁いた。
「今回だけですからね」
ぎょっとして目を開くと、視界が急速に遠ざかっていくのが見えた。身体が後ろに、いや内側の奥底に引っ張られていく。
その奥底から淡い光を放った塊が飛び出し、俺とすれ違って身体の表面に向かっていく。その光の塊は人の後ろ姿のように見える。
身体の内側に落下していく俺の意識は、さながらブラックホールに飲み込まれたように萎縮していき、最終的に点となってブラックアウトした。
意識の停電はすぐに復旧した、ように感じたが、実際には三十秒程度の記憶の空白ができているようだった。
何故なら、目の前にいた蔦原カエデは数メートル先でこちらに背中を向け、今まさに翼を羽ばたかせて舞い上がったところだったからだ。
彼女は校舎の屋上から離れ、部室棟の方へ消えていく。
助かったのか。状況が飲み込めずに立ち尽くす俺の背後から、再び男性の囁き声が聞こえる。
「彼女の真名を呼んで、現場に戻るよう命令したよ」
俺は咄嗟に振り返ったが、誰もいない。しかし囁き声は耳のすぐ後ろから聞こえ続ける。
「しかし、いたずらに彼女の真名を君に教える訳にはいかないから、少し身体を借りた」
「あなたは」
『あの御方』なんですか?そう問いかけようとしたが、わかりきった愚問であることに気づいて口をつぐむ。声の主が微笑んだような気がした。
「よしなに、やりなさい」
それっきり、気配は消えた。
どうやら助かったらしい。
ご先祖様というチート発動か。発動条件が無意識すぎるが、ご先祖様だって雌堕ちハーフ&ハーフの堕落キッスは御免被りたかったようだ。
「今回だけ」という前置きが気になるところだが、やはり持つべきものはご先祖様である。
どっと押し寄せる疲労感に抗いながら、俺は屋上の通用口から校舎に入り、文化祭の人混みをかきわけながら真っ直ぐ帰宅の途についた。
22 へつづく
次回、最終話です。お楽しみに!
※タイトルの『A』には3つの意味が?!
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