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短中編「堕天使受肉体愛好家の『A』」
本エピソードにて完結です!
それから一ヶ月間、俺の周りでは何の異変も起きなかった。いやこう書くと、一ヶ月後になんか起きるフラグなんやろとツッコミたくもなるだろうが、とりあえず書かせて欲しい。
一ヶ月は本当に安寧そのものだったのだ。
文化祭のオカ研部室で発生した堕天未遂はニュースにならなかった。
調べた末にSNSの投稿を見つけ、オカ研部員三名が黒ミサめいたことを行おうとして、閉めきった室内で香を焚いた結果意識を失ったという、お粗末な噂が流れていることが判明した。
三名は病院に搬送されたらしいが、生死についての言及は見つからない。撮影映像がネットに流れた訳でもないので、退学沙汰ということもないようだった。
天使隊員と県警天使課の連携で、見事に隠ぺいが成功しているようだ。
受肉した三名はどうなったのだろう。僅かではあるが関わりのあった三人だ。無事であって欲しいと願うのは軽薄すぎるだろうか。
俺の心身もいたって健やかだった。
不毛な欲求不満に苛まれることもない。ラム公が出ていってくれたことで、憑き物が落ちたように高校生活をエンジョイできている。とはいえ童貞陰キャ風情のエンジョイだぞ、拡大解釈してくれるなよ。
俺の中の『あの御方』も、あれ以来まったく気配を感じない。俺にそんな血筋があるなんてこと自体、妄想の産物だったのではと思えてくる。
本当に何も起きなかった。三週間ほど経ったある日、マンションのお隣さんが急に引っ越したと親から聞いたくらいだ。お隣さんは宝くじが当たった的なことを言っていたらしく、ホクホクだったそうだ。
はいはい、そうです。それが大いなる変化の予兆だったってこと、言わずもがなですよね。
ようやく一ヶ月後の話ができる。
その日、学校から帰ってくると玄関に見慣れない女物の靴が揃えて置いてあることに気づいた。来客か。
帰りがけに買ったドクターペッパーを冷蔵庫に入れようとリビングに足を踏み入れた俺は、来客の姿を見て凍りついた。
そこには、蔦原カエデが座っていた。
私服姿の彼女は髪を縛っていなかったのもあり、だいぶ雰囲気が変わって見える。ミントブルーと白のコントラストが印象的な私服は、清楚ながらもエレガントさを醸していた。
当然ながら背中に巨大な翼は見当たらない。ただ背中に畳むだけでなく、光学的に透明状態にできるか、存在自体を消しておけるんだろう。
母親は絶好調で俺に語り出す。
カエデさんは偉いのよ、お隣にご家族と引っ越されたんだけど、ご両親が海外出張でいらっしゃらない間、おひとりで引っ越しの片付けとか全部やるんですって。その上しばらく一人暮らしをしなくちゃならないっていうもんだから、お母さん心配で心配で。これからも遠慮なくウチにいらっしゃいって話してたの。たまに一緒にご飯食べたりしたら寂しくないんじゃないかしら、ねえ、カエデさん。
俺は隣でまくしたてる母親の言葉を心ここにあらずで聞き流し、ニコニコと笑顔を絶やさない蔦原カエデの視線を一身に受けながらドクターペッパーを流し込んだ。
恐ろしいことに、まるでウィルキンソンを飲んでいるかのように味をまったく感じなかった。
後から本人に聞いた話によると、文化祭での堕天騒ぎの被疑者として、悪魔ラムエルの実在痕跡からその存在を仄めかすことに成功し、奴の受肉体として俺が狙われている可能性を上申したらしい。
県警の天使課は俺と松尾アヤがSNS上で交わしたやりとりを調べ上げ、当初俺を重要参考人と見ていたが、防衛省天使局からのテコ入れで最優先保護対象へと見方が変わったのだそうだ。
そして、蔦原カエデは自衛隊の警察とも言われる警務隊へ転属し、見事、特別要人警護の任に就いたという訳だ。
なるほどお隣さんの宝くじの正体は、国防費に計上された国民の税金だったのだ。
今のところ彼女の企みにボロは出ていない。
本当は娘が欲しかったのよと長年ボヤいていた母親は、彼女が天使であるどころか自衛隊員であることすら知らずに浮かれまくり、カエデさんと仲良くしなさいねと肘でつつく。
こうして蔦原カエデは、公私において何の邪魔もされずに俺の傍にいられるようになったって訳だ。
邪魔をするとすれば、あれ以来音沙汰のない俺の中の『あの御方』か。
『あの御方』に真名を知られている彼女が迂闊に手を出してくるはずはないだろうが、天使のような、もとい、天使の笑顔に油断はしないと俺は心に決めている。
そしてもう一人。
母親の一人舞台の最中に、蔦原カエデの口元に一瞬だけ見えた気がした黒光りする舌。奴も確かにそこにいる。
受肉した悪魔が再び俺の身体に憑依できるのか不明だが、俺の身体を利用して何か企んでいた奴のことだ。どうせ諦めてはいないだろう。
こうして俺の安寧生活は一ヶ月で幕を閉じ、天使と悪魔に唇を狙われ続けるリップディフェンス型サバイバルの日々が新たに幕を開けたのだった。
さてもし読者諸氏の中に、堕天使受肉体を愛する同好の士がいたとしたら、是非にもこれだけは覚えてからこの書を閉じて貰いたい。
馬には乗ってみよ、人には添うてみよと古人は言うが、天使に口づけは絶対するな。
天使はヒトを昇天させたりなんかしない。
己が地上を這いずるだけの、クソ男子高校生童貞陰キャであると思い知らせてくれるだけだ。
「堕天使受肉体愛好家の『A』」・了
本作品はこれにて完結いたしました。
ご精読、誠にありがとうございました!
※タイトルの『A』には3つの意味が?!
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