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短中編「堕天使受肉体愛好家の『A』」
毎日2エピソードずつ鋭意連載中!
彼女との身長差は、やや俺のほうが高いがほぼないと言っていい。
抱き寄せられた先は彼女の白いうなじ、そしてひとつ縛りにされた後れ毛。ふわりとシャンプーの香りが漂って鼻腔をくすぐる。
突然のサービスに狼狽した俺は、過程を大胆にすっとばした恋愛映画のラストシーンが始まるのかと動悸を速くした。
が、始まったのはジェットコースターのようなアトラクションシーンだった。
唐突に重力が消え失せたかのように身体が浮き上がり、俺は抱えられたまま後方へと猛スピードで発進した。
飛んでいる。蔦原カエデが翼を羽ばたかせて部室の窓から俺ごと飛び出したのだ。俺は遠ざかる窓を見つめながら、必死に彼女の背中に手を回してしがみついた。
飛び出した直後に急上昇し、風を切る音が耳をつんざく。すぐに加速度がゆるんで、やや高度が下がったかと思うと、両足に床の感触が戻った。景色がいい。どうやら部室棟から離れて校舎の屋上に移動したらしい。
「もう目を開けていいですよ」
俺はそもそも目を閉じていなかったのだが、なかなか離れないのでそう思われたらしい。
実のところ、もう少し蔦原カエデの肉感を堪能したかった。曲がりなりにも自衛隊員である彼女の引き締まった筋肉には程よく女性特有の皮下脂肪が乗り、緊張と弛緩の落差が非常に心地よい。低反発素材にじんわりと包み込まれていくような感覚だろうか。
「すいません」
慌てて身体を離すと、柔らかな微笑みが待っていた。
「実を言うと私は今、懲戒処分ものの服務違反を犯しています」
ヤブから棒に、蔦原カエデはさらりと告解した。
「重要参考人であるあなたを現場から引き離し、このまま自宅へ帰れと慫慂するつもりです」
聞くは一生の恥と思っているので敢えてスルーしたが、慫慂とは『ある行動をするよう強く勧めること』だそうだ。そんな言葉は知らなくても文脈理解でオーケー。
「それって俺のために、ですか?」
職を失う可能性があるなんて言われたら素直に喜べる話ではない。と言うよりなんだか脅迫の気配すらある。
彼女は少し困ったように眉頭を上げ、小首をかしげた。いちいち仕草が美しい。
「もちろんと言いたいところですが、八割がた自分のためでしょうか」
半々くらいかと思ったらほとんど自分のためで白目をむきそうになる。どういうことなの。
「あなたはこのまま現場に残ると、県警の天使課から取り調べを受けることになります。そこでどんな嘘をつこうと真実を述べようと、あなたは堕天未遂に関わったとして被疑者扱いされ、数ヶ月に及ぶ鑑定留置で家には帰れません」
被疑者。堕天を引き起こすことは罪か。
それは三年前の事件を思い起こせば言うまでもないことだ。それどころか当時の現場にいたことも突き止められ、その件でも訴追されかねない。
「ところが、あなたのことを天使課がいくら調べても、堕天の証拠は挙げられない。なぜなら、ラムエルはいま私の中にいるからです」
なるほど。俺のための部分が見えた。
「そうか、数ヶ月間ムダに警察に振り回されずに済みますね」
得心がいく。しかし、その四倍くらいある彼女のための部分も非常に気になってくる。
「はい。しかしここから私の問題ですが、そのラムエルを身に宿したことが致命傷です。堕天使=悪魔ですので、これが明るみになると私はどう足掻いても天使職を続けられません」
確かに。規律を守ろうが破ろうが、彼女の行き着く先は変わらないのだ。それというのも。
「俺のせいで」
彼女は首を横に振った。
「以前の私なら、迷いなく遵法を選択したでしょう。ですが今は、規律を捻じ曲げてでも叶えたい願いがある」
蔦原カエデは真っ直ぐに俺を見つめる。
「あなたの側にいたい、あなたを独り占めしたいと願ってしまう。心の底から」
言うやいなや、彼女はタイトスカートに邪魔されながらも片膝をつき、うやうやしく頭を垂れた。
20 へつづく
※タイトルの『A』には3つの意味が?!
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