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短中編「堕天使受肉体愛好家の『A』」
毎日2エピソードずつ鋭意連載中!
すかさず蔦原カエデは両膝を胸の前で折り畳み、膝蓋骨を俺の胸に押し当てて身体を引き離そうと力を込めた。
痛みを感じないものの、このビジュアルは非常に痛々しい。
たまらず俺の身体はじわじわと引き剥がされ、唇の結合も解ける。
そのとき俺は異様なものを見た。
蔦原カエデが噛みついて離さない俺の舌がこの目で見えたのだ。それは堕天使の肌のように、黒く禍々しい光をたたえていた。
二人の顔の距離が離れていくほど、その黒い肉塊は俺の口腔内から引きずり出されていく。
出るわ出るわ、まだまだ出る。五十センチ近く離れてもまだ出続けているので、蔦原カエデは片足ずつ足の裏を俺の胸に当てて引き剥がしにかかった。
パンプスの踵が肋骨に食い込むビジュアルは非常に痛い。実際痛くはないが。
そしてついに、肉塊の先端が『じゅるん』と俺の口から抜け出した。
それを見届け、蔦原カエデは両手を離す。支えを失った俺の身体は後方に吹き飛んだ。
後頭部を床に打ち付けるが、勢いは死なずに身体は後ろ向きに一回転する。転がって再び後頭部を打ち付けたところでようやく回転は止まった。
最悪なことに、黒い肉塊が抜け出たことで身体の感覚が戻ったらしく、後頭部に激痛が走る。さらにはパンプスを押し当てられていた胸もズキズキと痛み出した。
かろうじて気を失わずにいられるが、痛みから逃げるために失神してしまいたいくらいだ。
蔦原カエデはというと、咥えていた海蛇のような肉塊が脱出しようと暴れまわるのを両手で抑え込み、ついにはその全てを飲み込んでしまった。
まるで未確認動物の踊り食いだ。
さすがに舌鼓こそ打ちはしなかったが、その口元を軽く拭ってから頭を拘束していた天使の腕を引き剥がし、地面に打ち付ける。間髪入れずに翼から羽根が飛び、天使の腕は床に縫い付けられた。
静寂の中、蔦原カエデの呼吸音だけが部室内に響いていた。大捕物の際には僅かにも乱れなかった呼吸が、今は肩を上下させ上ずっている。
彼女は腕をクロスさせて自らの肩を抱き、破裂せんとする肉体を押し留めているような仕草をした。
「君、とんでもないものを飼っていたな」
その言葉が俺に向けられていると気づくのに数秒かかった。
飼っていた?俺が?そんな真っ黒なツチノコみたいなもの、ペットショップや保護UMA譲渡会で運命的に出会った覚えはないぞ。
俺が返す言葉に困っていると、蔦原カエデは身体を小刻みに震わせて悶え出した。苦悶の表情と漏れる嗚咽からは、相当な苦しみを味わっているように見える。
「ダメか、まずいな。君、逃げるんだ」
それがですね、逃走を促されましても、あなたに蹴り飛ばされたおかげで満身創痍なのですよ。
俺は地べたに這いずったまま、首を横に振って行動不能の意思を示す。
蔦原カエデはその美しい顔に落胆の色を見せた。いやいや、キスをしたことは不可抗力とはいえ申し訳ないですけど、動けなくなったのはあなたのせいですからね?
「ああっ!」
間もなくその苦痛が頂点に達したようで、蔦原カエデは身体を大きく反らせて悲鳴を上げた。
そのとき彼女の瞳に変化が起きた。白目部分から内側に向かって例の黒い光が侵食していき、美しかったブラウンの瞳は黒一色に染まって堕天使のそれになってしまったのだ。
それ以外の部分に堕天の兆候は見られなかったが、彼女の神性が内面から書き換わってしまったのが見てとれた。
蔦原カエデの身体を支配するそれは、大きく息を吐いて俺を見た。
「一介の天使と思い油断した」
その『誰か』の声色は、俺のときとは違って蔦原カエデの声そのままだった。
『誰か』は彼女の身体を意のままに操り、俺の方へとゆっくり歩みを進める。
「小癪な天使よ。居心地が悪くて堪らぬ」
18 へつづく
※タイトルの『A』には3つの意味が?!
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