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短中編「堕天使受肉体愛好家の『A』」
毎日2エピソードずつ鋭意連載中!
俺の言葉が口から発せられる代わりに、とてつもない至近距離で聞き覚えのない声で誰かが囁いた気がした。
次にその声が聞こえた時、それが間違いなく自分の口が発音していることに気づいた。
「お前が身をもって知るのだから」
慌てて何か喋ろうとしたが口が動かない。それどころか全身が金縛りにあったように自由が利かなくなっている。
蔦原隊員の表情に険しさが宿る。どうやら俺の両手が天使を凌駕する膂力で隊員の手首を外側へと引っ張っているらしく、ゆっくりと彼女の手が顔から離れていく。
「貴様、何を」
蔦原隊員が呻くように声を絞り出したその時、俺の左右から隊員の頭部目掛けて飛びかかる影が見えた。
さっきまで俺がされていたように彼女の頭部を左右から押さえつけたのは、切り落とされた天使の両腕だった。
その瞬間を見計らったかのように、俺の上半身は背中にドロップキックを受けたが如く前へのけぞり、天使の両腕が固定した蔦原隊員の顔に俺の顔が急接近する。
「んんっ」
何かを言おうとした蔦原隊員の言葉は形にならなかった。
宇宙ステーションのドッキングハッチに宇宙船のハッチ部を結合する様子を超早送り再生したかのように、俺の唇は蔦原隊員の唇へと一瞬のうちに結合される。
切り取られた天使の両手は、不可視の腕が俺の身体から伸び、意思を持っているかのように彼女の頭部を動かぬよう固定しており、唇と唇は強固に係留された。
キスを、してしまった。
もちろん目の前の女性とそうなりたいと望んではいたのだが、最後は不可思議な外部の力が加わって強制的な形となってしまった。
不本意ではあるが、結果的に目標が達せられたのは運命だったのか。だがやはり、不本意だ。
しかしそこからが凄かった。
金縛りにあってはいたものの、口周りの感覚だけは生きていたのでキスの感触はダイレクトに脳へと響いた。
俺の舌はまるでコークスクリューのように螺旋の力を生み、蔦原隊員の前歯を粉砕しつつこじ開けた(あくまで感覚としての比喩です)。
そのまま彼女の舌を巻きとり、捻って引きちぎりながら俺の舌は咽頭を通過して彼女の奥深くへと侵襲していく(あくまで感覚としての比喩です)。
俺の舌はまるで、蝉が木の皮の内側へと差し込むような産卵管だ(あくまで…略)。
俺の身体の内で絞り出された欲望の雫が舌を伝って彼女の身体の内へと注ぎ込まれていく。その感覚は言語化され、発声されなくとも互いの体中に響き渡る。
『さあ、堕ちてこい。俺の居る場所まで』
間違いなくそれは、ずっと感じ続けてきた俺自身の欲望だった。しかし今この瞬間では、俺の中に潜む『誰か』の声として認識される。
まるで伝家の宝刀を横取りされたような気分だ。いやそもそも、それは俺のものではなかったってことなのか?
言語が感覚的に互いの身体を行き来したように、蔦原隊員の魂の戦慄も伝わってきた。それは、彼女に受肉した天使の震えだった。
蔦原カエデという一人の女性の神性もこれにて堕落するのかと思われたその刹那、動きがあった。
弱りきった魚がまさに釣り上げられんとしたその時、急に息を吹き返して釣り糸を海中へと引っ張り込んでいくかのように、蔦原カエデは踏ん張りを利かせた。
踏ん張ると言っても脚の力ではなく、顎の力で俺の舌を噛みつけ押さえ込んだのだ。
まるでトラバサミにかかったように挿すも抜くもできなくなる。俺の中の『誰か』が、声色に焦りをにじませて叫んだ。
「はひゃへ!」
蔦原カエデは顎の力を緩めず、口の端を上げてニヤリと笑い、背中の翼を再び広げた。その先を俺の手元に向けると、輝きを放った翼の先端から数枚の羽根が射出されて俺の両の前腕部に突き刺さる。
痛みはなかった。しかし、『誰か』の痛がる感情が内側から伝わってくる。
その膂力が緩んだ一瞬の隙を彼女は見逃さず、瞬時に両手を返して逆に俺の両手首を掴み上げた。
17 へつづく
※タイトルの『A』には3つの意味が?!
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