第九十一話 好きな事で、生きていく
エリサと話をした翌日。今日は勉強会もお休みということで久々に自室に籠って読書タイムを送っていた。と言っても、どちらかと言えば『本を読む』というより、『文字を追う』ぐらいのものであるが。内容も難しいしね、この本。
「……『何様ですか』、か」
昨日からぐるぐる、ぐるぐると頭の中を巡るエリサの言葉に、私は知らず知らずため息を吐く。
「別に、そういうつもりじゃなかったんだけどな……そう見えるのか……」
一瞬、『むっ』としたのは事実だ。少しでも現状を良くしようと思って頑張って来た自負もあるし、なに勝手な事を言ってんだ! という気持ちもある。あるが。
「……エリサの言う通りかもね」
確かに、少しずつ良くなってくる『キャラクター』を見ながら……自分でも気付かない内に、天狗になっていたのかも知れない。なまじ、日本で暮らしていた時に此処まで巧く物事が進むことなんてなかったし、転生というビッグイベントを経て、全能感染みたモノを感じていなかったか、と言われると……うん、胸を張って否定は出来ない。中二か、私は。
「……これからどうしようかな?」
アレンをあのまま放っておくというのも一つの選択肢ではあるだろう。ただ……なんだろう? あの状態でアレンを放っておくのもなんとなく、危険な感じはする。ジークやエカテリーナ様にとっても良い事ではないだろうし……なにより、私だってちょっとした罪悪感もある。アレンだって可哀想だし。
「……アリス様? 宜しいでしょうか?」
この考え方も『何様ですか?』とか言われるのかな? なんて、ぼーっと文字を追いながら考えていると部屋の外からトントントンというノックの音とともに聞きなれた声が響く。言うまでもない、我が家の天才メイドさんたるメアリだ。
「開いてるよ~。勝手に入って」
「いえ……その……」
何時になく言い淀むメアリ。どったの? と思っていると、もう一つの声がドアの向こう側から聞こえて来た。
「……アリス、入っても良いか?」
「ジーク?」
こちらも聞きなれた声、ジークだ。どうぞ、と返すとぎーっと扉が開き、ドアの前でバツの悪そうな顔をしたジークの姿があった。
「……どうしたのよ、その顔。っていうか、そんな所で突っ立ってないで入っておいでよ?」
「……そうか? それでは……」
座っていたベッドからお尻を上げて、テーブルの方に歩みを進める。椅子に着席してどうぞ、と目の前の椅子を勧めると、遠慮がちにジークも椅子に腰を降ろした。
「……今日、勉強会はお休みだけど……どうしたの? 珍しいわね、ジークが休みに訪ねて来るって」
「その……なんだ」
言い淀み、『あー』とか『うー』とか声を上げるジーク。しばしそうやって顔を上げたり下げたりした後、徐にジークが頭を下げた。な、なんぞ!?
「な、ど、どうしたのよ、ジーク!」
「すまん、アリス!! リリーとエカテリーナ母上から聞いた! 弟が……アレンが失礼な事を言った様で……本当に、申し訳ない!!」
「……ああ」
……その事か。まあ、それは別に気にして……はいるんだけど、別にジークに頭を下げて貰う事でも、貰おうと思う事でもない。と、言うよりも。
「……リリーには昨日、話を聞いたと思ったんだけど……このタイムラグは何?」
「……別にリリーを信用していない訳ではないんだ。無いんだが……やはり、双方の言い分は聞いておかないといけないと思ったんだ。アレンにも話を聞いて……その、事実だという事を確認した」
「アレンにも聞いたの?」
「まあな。平等じゃないだろう? 色々と苦言を呈されたが」
「……リリーとは仲良しなのに、リリーの言葉を信じなかったんだ?」
「先程も言ったが、信じてない訳じゃない。むしろ仲良しだからこそ、だな」
「……」
……ふーん。
「……えらいじゃん、ジーク」
『仲が良い』とか『昔から知っている』とかを判断基準とせず、きちんと裏を取ってから謝罪に来る辺り、流石と言えるかも知れない。別に王様に限った話ではないが、耳に心地よい言葉ばかりを囁く家臣ばかりを集めて滅びた国は枚挙に暇が無いからな。
「……お前らの事は信用しているし、得難い友だとも思っている。だが」
「分かってるから大丈夫。むしろ偉いと思ってるもん。言ったでしょ?」
ね? と微笑みかけてみると、今まで硬かったジークの表情が緩んだ。が、それも一瞬、直ぐに顔を引き締めるとこちらに視線を向けた。
「……済まなかったな。本当に申し訳なかった」
「いいよ、別に」
「……なんであんな奴になったんだ、なんていうつもりは無いんだ。アレンが、ああいう……なんというか、少しばかり『捻くれた』性格になったのは、間違いなく俺のせいだ」
「ジークのせいでは無いんじゃない?」
アレンとエカテリーナ様の問題だしさ。そういう私に、ジークは少しだけ情けない顔をしながら口を開いた。
「……アレンが俺に嫉妬しているのは分かっていたんだ」
「……」
「今までエカテリーナ母上と話すことなど殆ど無かった俺が、急にエカテリーナ母上と仲良くしだした。最初こそ、アレンも喜んでいたんだ。『家族みんなが仲良くなる!』と。喜んでいたんだが……」
「……エカテリーナ様がジークばっかり構うから、アレンが拗ねてしまった?」
「……そうだ。私は兄として、もう少し我慢するべきだったんだろうな。正直、多少の遠慮もあったのだが……それ以上に」
『母上』に、愛されるという事が。ただ、ただ、無償の愛を注いで貰えるという事が。
「……心地良かったんだ。これ以上ないくらい、甘美だったんだ」
「……」
「……アレンを蔑ろにした、とは私もエカテリーナ様も誓ってしたつもりはない。無論、本人的にはどう思ったか分からないが……少なくとも、愛情を持って接して来たつもりだ。俺にとっては片親だけとはいえ血が繋がった弟だし、エカテリーナ様に至っては自分のお腹を痛めて産んだ子だ。可愛くない訳がない」
「……だろうね」
その気持ちは痛いほど良く分かる。ただ……まあ、なんだ。アレンの気持ちも良く分かると言えば良く分かる。まだまだ小さな子供が、親の愛を無償で与えられておかしくない子が、それを欲しているのがおかしいなんて、そんな筈はないんだ。たとえ、子供の我儘だろうとも。
「……俺が、間違っていたんだろうな。もう少し、遠慮するべきだったんだろう」
……だが、ジークだって別に間違っている訳ではないとも思う。母親からの愛情が欲しいのはジークだって一緒だ。大人びて見えてまだ九歳、甘えたい時があっても良い。
「……どっちも悪くない、か」
「アリス?」
「うーん、違うか。誰も悪くないのか」
……うん、そうだ。今回は誰も悪くない。ジークだって悪くないし、アレンだって悪くない。エカテリーナ様だって……まあ、愛情表現に難があったのかも知れないけど、別に悪い事をしている訳じゃない。
「……そうだよ。誰も悪くないじゃん」
そして、それは私もだ。私は『良い』と思ってやったんだし……エリサの言う通り、幸せになった人だっているんだ。
「……私もさ? ちょっと悩んだんだよね。私のせいかな~って」
「……済まない」
「ううん、別に謝ってほしい訳じゃないんだ。後悔している訳じゃないし」
……そうだ。後悔はしていない。
正しいか、正しくないかは分からないが……それでも、私は私のやりたいようにやって来たんだ。なら、此処で折れるのはちょっと違うし……何より、私自身のポリシーに反する。
「……そうだよね。難しく考えすぎてたんだよ」
別に、世界全体を救いたいとか大げさな目標があったわけじゃない。自分自身の平穏と、周りが幸せになればいいや、ぐらいの感覚でやって来たんだ。それを『私のせいで不幸な人が……』なんて考えて落ち込むなんて、エリサじゃないけど、ほんとに何様って感じだよな。
「……よし!!」
……色々考えてはいたけど……うん、難しく考えるのは性に合わない。そもそも、此処、わく学の世界だしな! なら、難しい事は考えずに!!
「ジーク? 一個お願いがあるんだけど……聞いてくれる?」
「お願い? なんだ? 俺に出来ることならなんでもするが」
「そう? それじゃあさ?」
――私とアレンが話し合う機会を。
「作ってくれない?」
難しく考えるのはもう辞めた。自分のせいで不幸な人が出来たんなら、自分の手で幸せにして見せる。
「お願い、ジーク」
私は、私のやりたい事をして、生きて行ってやる!!
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