第九十話 とっても優しい貴方なら、きっと『世界』だって救える。
「……馬鹿って何よ、馬鹿って」
ねめつける様な私の視線に、エリサがはっと気付いたように手をわちゃわちゃと振って見せる。
「す、すみません! ば、馬鹿は言い過ぎました! えっと……そ、そうです!!」
愛想笑いを浮かべて。
「――アリスさん、何様なんですか?」
「……よし、喧嘩か? 喧嘩がしたいのか?」
さっきより悪いじゃねーか!! 表に出やがれ、こん畜生!!
「ち、違います!! い、いえ、その、完全に違うという訳では無いんですけど……こう、ご、誤解ですよ!! 聞いてください!! 説明しますから!!」
「……聞くだけ、聞いてやる」
ジトーっとした目を向ける私に、エリサがコホンと一つ咳払いをして。
「……その、言い方は悪かったんですけど……今のお話って、結局エカテリーナ様の行動次第だった訳じゃないですか? エカテリーナ様が日頃から愛を持ってアレンに接して……ない、とは言いませんが、少なくともアレンがそう感じてしまう行動を取ってたって事でしょ?」
「……まあ……そうかも知れないけど」
「だったら、別にアリスさんがそこまで気にする必要、なくないですか?」
「……そ、それは……」
……まあ、確かに。私はアレンと逢った事も無いし、アレンのフォロー……というと言い方は悪いが、それを為すのはエカテリーナ様の仕事の気もする。気もするが。
「……難しいじゃん、それってきっと」
ジークとアレン、きっとエカテリーナ様はどっちも大事なんだろう。
「さっき、エリサも言ってたじゃない。両親が、血の繋がった実の妹を贔屓してたって」
「まあ、贔屓というと言い方は悪いですが……そうですね」
「ジークは血は繋がっていないけど息子、アレンは血が繋がっている息子。そうなるとさあ? こう……あるじゃん」
血の繋がっている子供を可愛がり、血の繋がっていない息子をイビリ倒す、なんて古今東西ゴロゴロと転がっている話だが、『血が繋がっていない』からこそ、血の繋がっていない子を殊更可愛がる例も、あるにはあるのだ。『貴方は、血が繋がっていないけど私たちの子供だよ』と分かって貰える様に、示すように、時に優しく、時に厳しく接する事もある。
「……だから……エカテリーナ様が、その……」
「……言い方はアレですが、アレンを蔑ろにしていた、って事ですか? 血の繋がりに……そうですね、『甘えて』」
「そ、そんな言い方は!!」
「事実でしょ?」
「……」
「沈黙は肯定、という事で」
そう言って私の目の前でピンと指を一本、立てて見せる。
「私がアリスさんの事を『馬鹿なんですか?』と言ったのはそう言う意味です。確かにきっかけはアリスさんがジークさんとエカテリーナ様の間を取り持った事かも知れませんが……その後の行動はエカテリーナ様とアレンとの話でしょ? アリスさんが責任感じる筋合い、無くないですか? っていうか、そもそもそれだってアレンが駄々こねてるだけじゃないですか? 小さい頃の私みたいに」
「で、でも!! それは……」
「全部、自分のせいだと?」
「……うん」
「ゲーム知識のある自分がシナリオに介入したから? 本来、ゲームキャラ通りに進む筈のジークの人生を曲げたから? それで不幸な人間が出来たから?」
「…………うん」
私の言葉に、『はぁ』と深い、本当に深いため息を吐いて。
「――それが二つ目です。何様ですか、アリスさん。人一人の人生、狂わせた? ちゃんちゃらおかしいですよ」
「っ!!」
「……アリスさんに感謝はしています。私が今、物凄く過ごしやすいのはアリスさんのお陰だと思っています。思っていますが」
――アリスさん、皆の事、ただのゲームキャラだと思っていませんか、と。
「アリスさんの……なんていえば良いんですかね? 『ママみ』? 『母性』?……うん、母性ですかね? 母性は素晴らしいと思いますけど……それって、完全に相手を『下』に見ていません? ジークさんも、ラインハルトさんも、エディさんも……リリーさんも、エカテリーナ様やアレンだって……別に、アリスさんの『おもちゃ』じゃないんですよ?」
「お、おもちゃって!! そ、そんな事は!」
「失礼しました。ちょっと、言葉が過ぎましたね? でも、そういう視点、全然無いですか? ゲームのキャラだって、全然、思ってませんか?」
「……で、でも……ジークも、ラインハルトも、エディも、リリーも……『わく学』のキャラ、だし……え、エリサだってそうでしょ!!」
弁解するような――『お前もそうだろう』と、責任を擦り付ける様な私の言葉に、エリサはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。まあ、アリスさんの出会いを考えれば分からないでは無いですけど……私の場合、その辺は全然違いますかね。だって、そうでしょう? ジークさんは全然ポンコツ王子様じゃなくて素敵な王子様ですし? ラインハルトさんもヘタレな騎士じゃなくて、裁縫まで出来る騎士候補ですよ? エディさんも、俺様キャラじゃなくて優しく皆に勉強を教えています。リリーさんだって、ゲームでも良い子でしたけど、ゲームよりも全然良い子ですし……」
そう言って、私ににっこり微笑んで。
「――何より、セリフ実装二つのポンコツ令嬢であるアリス・サルバートがこんなにいい子なんですよ? これが『わく学』の世界だ! なんて言われても、今更感はありますよ」
「……」
唖然とする私。そんな私に、微笑みかけていた笑顔を苦笑に変えて。
「……そもそもですね? わく学の世界観でアリス・サルバートに転生したんでしょ、アリスさん。だったら……わく学の世界を知っているアドバンテージなんて、殆どなくないですか? だって、セリフ二つの超モブキャラですよ?」
「……」
……。
………。
…………た、確かに……そ、そう言われて見れば今まで『ゲーム知識』で得した事って無かった気がする。『このまま育ったらやべー』の一念で行動して来た気がするぞ。
「じゃあ、アリスさんは自分のしたいようにしただけの話でしょ? それも、自分の望む方に行動して……少なくとも、ジークさんとエカテリーナ様は救っている」
「……」
「じゃあ、それで良いじゃないですか。自分の行動で誰かがメリットを被り、誰かがデメリットを被るなんて、そんなの当たり前ですよ。完全にチートした結果、とかなら気が滅入るのは分からんでもないんですけど……アリスさんに関してはそんな事、無いんでしょ?」
「ま、まあ……うん」
「そもそもですね? その考え方はエカテリーナ様に失礼ですよ? 私の好きなラノベのヒロインのセリフにあるんですよ。『私の責任を奪わないで!』ってセリフ」
「……なんてラノベ?」
「銀行員が異世界転生して領地改革するヤツです。まあ、それはともかく、なんでもかんでも自分の『責任』だ、なんて思い上がりですよ? そもそも、幸せにした人間だっている訳ですし。でしょ?」
「……それは……うん。たぶん」
「だったら、不幸にした人の事を嘆くんじゃなくて、幸福に出来た人がいた事を喜びましょうよ。その方が建設的ですし」
「……」
「……」
「……それで……良いのかな?」
「良いんじゃないですか?」
「でも……それじゃ、アレンは……」
私の声に、困った様に眉根を寄せて。
「……個人的には自分で勝手に幸せになれば? って感じですが……まあ、アリスさんなら仕方ないかもですね」
「……なにがよ? なんで私なら仕方ないの?」
「とってもお節介で、とっても面倒見が良くて……そして、とっても優しい女の子ですもの、アリスさん。気になっちゃうのも分かりますよ」
……あう。
「……そうですね? もし、どうしてもアリスさんが納得しないなら」
そう言って、エリサは微笑んで。
「――アリスさんが、アレンも救ってあげて下さい。皆にしたように、貴方のその声で、その行動で、その笑顔で――アレンも救ってあげて下さい」
ジークを、ラインハルトを、エディを。
「――そして、私も救ってくれた貴方なら」
それぐらい、朝飯前でしょ? と。
はじける様な笑顔で笑うエリサに、少しだけ、涙が出た。
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